特に中学生くらいになっていくと、悩んだり焦ったりは大切な成長過程だ Photo by iStock

「夏休みの宿題を全部やってあげる親」が子どもの思考を止めていた

「親の先回り主導」はかなりヤバイ

小中学校の夏休みももう終わりだ。ただし今年は9月1日、2日が土日のため、3日が始業式という学校も多いだろう。そして、この最後の週末は、溜まった宿題に苦しんでいる子どもたち、そして家庭が少なくないのではないだろうか。

実際「最終日までに夏休みの宿題手伝わなきゃ」というSNS投稿が増えてもいる。自由研究に読書感想文、そして絵日記。記憶を一緒にたどったり、材料集めを手伝ったり、一緒に手伝いながらも、「親がどこまでやっていいものか」と思っている人も少なくないのではないだろうか。

元新聞記者で臨床心理士の西脇喜恵子さんに、夏休みの宿題から垣間見える「レールを引く親」と子の関係の危うさをお伝えいただこう。

 

我が家の宿題も終わってない

いやいやこんな原稿を書いている場合じゃないくらい、夏休みの宿題、我が家でもヤバイことになっています。遅ればせながら読書感想文の課題図書をネットで買い求めようと、本のタイトルを検索したら、「読書感想文 例文」というワードがひっかかってきて、思わずそっちまでポチっとしてしまいそうな自分がいます。

この時期、「#夏休みの宿題」でSNS検索すると、まだ宿題が終わっていないという子どもたちの嘆きとともに、「夏休みの宿題は親の宿題」「宿題頑張った、私が!」といった保護者の投稿があふれかえっています。中には宿題代行業者の宣伝や、そういう業者に依頼することの是非を熱く語る書き込みもあります。終わらない宿題を前に焦り、時にストレスを抱えている親御さんたちの様子に「わかるわかる」と頷きながら、でも、「読書感想文 例文」をポチっとするのだけはなんとかグッとこらえ続けています。

なぜか。それは、私の場合、「宿題が終わならきゃ終わらないでもいいや」と、実は心のどこかで思っているからなんだろうと思います。

こんなふうに書くと、親としてはだいぶ乱暴で、責任放棄をしているようにさえ見えるかもしれませんが、「宿題が終わらなくてもそれは子どもの問題。私には関係ないもん」と冷たく突き放したいわけではありません。宿題の提出やその質が、成績評価や内申書につながるのであれば、むしろ宿題はきっちり出させたい。そんな現実的な親心も働きます。

でも、「宿題が終わらなくて困った」という体験と、そのことをめぐって沸き起こるいろんな感情は、それをしっかり味わうことで子どもたちを大きく成長させてくれるのではないか。逆に、そういう感情体験をはじめから親が奪い取り、子どもが困らないように先回りして主導してしまうのは、宿題が終わらないなんてことより、むしろずっとヤバイ事態を引き寄せてしまうのではないか。ここ最近感じているそんな思いが、「読書感想文 例文」のポチを押しとどめているのです。

自分の本意がわからない大学生たち

「勉強の仕方がわからない」

そういって相談に訪れる学生がいます。「授業の内容やそれに見合った学習方法がわからない」というよりは、「自主的に勉強をするやり方がわからない」というのです。大学生の年代に間々見られる無気力かといえば、そうでもなさそうだなと思って、話をよくよく聞いてみると「自分がどうすればいいのか、自分ではわからない」というのです。

——そもそも大学に入ろうと思ったのはどうしてですか?

「親が専門学校より大卒がいいんじゃないかって」

——本当は専門学校に行きたかった?

「いや、そういうわけでもないんですけど」

——将来、この職業に就きたいとか、こういう仕事をしたいとかいうのはありますか?

「それが……特にはないんですよね。親は手に職をつけるのがいいって言うんですけど、よくわからない」

自らが望んだ進路ではなかったということでいえば、いわゆる「不本意入学」と呼ばれるようなたぐいなのでしょうが、もしかすると不本意なのかどうかすら、自分ではよくわからない。自分の本意は果たしてどこにあるのか、それがわからず、まさに「わからない」としか言いようのない状態なのだろうか。そんなことを考えながら相談にのることが増えてきました。