医者の学会発表は、実は「俺ってスゴいだろ!」の自慢大会だった

覆面ドクターのないしょ話 第30回
佐々木次郎

「まず喧嘩をしかけろ! そこから議論は始まる」


学会では、発表が終わると質疑応答の時間に移る。発表者は「俺ってスゴいだろ!」というつもりでプレゼンをしたのだから、質問に立つ人からは賞賛されたいのが人情だ。「あなたの発表は素晴らしい!」と言ってほしい。だが、現実は甘くはない。手厳しい質問が飛んでくる。

「その程度の症例数では何も言えないのではないか?」
「従来の治療法でも良いのに、敢えてこの方法を選んだ根拠に乏しい」
「そこまでやる必要がありますか? オーバー・インディケーション(適応を広げ過ぎ=やり過ぎ)じゃないんですか?」

中にはこんな意地の悪い言い方をする人もいる。

「素晴らしい発表ありがとうございます…でも、方法から間違ってると思うんですが」

発表者が「俺ってスゴいだろ!」と思っている一方で、質問者の中にも「俺だってスゴいんだぜ!」と言わんとする人もいる。

たとえば、「この手術は、私が世界で初めて成功しました」と発表したとする。すると発表がまだ終わらないうちから、質問用のマイクの前には数名の人が列を作って、早く質問させろとばかりに待ち構える。質問の時間に移るやいなや、彼らはこう叫ぶ。

「○○大学の△△です。実は私も成功しました」

「私も同様の経験をしていますが……」

(だから、世界で初めてだって言ってるのに……)

かつて私も珍しい症例を経験したことがある。調べてみたら、世界でも報告例はわずか5例ほどで、当然日本での報告例はなかった。

 

だが発表が終わると同時に、フロアの質問者がこう発言した。

「私は、あなたより先に同様の経験をしてます」

(だから、本邦報告例はないって言ってるのに……。文句あるなら先に自分で発表しろよ!)

議論の応酬になることもしばしばだ。

学会で有名なM教授がいた。M教授は部下にいつもこう言っていたという。

「まず喧嘩をしかけろ! そこから議論は始まる」

M教授は、若いときから一匹狼で、自分の腕だけを頼りに、日本全国を渡り歩いた。東日本の大学病院から修行をはじめ、その後、東から西へ転々とし、その度に、助手→講師→准教授と昇進した。そしてついにあのT大学の教授に登り詰めた。

「まず喧嘩をしかけろ!」

というくらいだから、学会での質問は厳しかった。

「あなたには無理かもしれないが、私だったらできる!」

このくらい言ってのけた。

日本医学会には、10万人以上の会員を擁する内科学会はじめ、120以上の分化会があるそうで、毎回激しいバトルが繰り広げられるらしい

かつて学会の際、私はこのM教授からずいぶんと持ち上げられてしまったことがある。M教授は今や学会の権威であり、喧嘩をしかけるくらいのおっかない先生だったが、私は恩師を通じてささやかな親交があり、お互いに面識があった。学会発表を終えた午後にばったり出くわし、私から挨拶した。

「M教授、お久しぶりです」


「よぅ、佐々木君! 研究は進んでいるかい?」

「ぼちぼちです」

「君は以前、神経の研究をしていたよね?」

「はい?(人違いでは?)」

「末梢神経のあの部分に着目したのは、世界でも君以外にいないんじゃないか?」

「恐縮です……(あきらかに俺じゃないわ)」

「その後、何か面白いデータは出たかい?」

「診療にかまけて、研究はなかなか……(だから、俺じゃないってば)」

「ペーパー(論文)になったら、最初に送ってくれたまえ!」

「も、もちろんです……(誰が論文書くんだよ)」

「じゃ、楽しみに待ってるよ、未来の大先生!」

「……(もうえーっちゅうに!)」