驚異の豊かさ…「富山は日本のスウェーデンだ」と言いたくなる理由

リベラルで保守的な社会が日本にあった
井手 英策 プロフィール

現実が思想を越えていく場所

富山を見ると、この家族の「かたち」と「原理」のちがい、その大事さがよくわかる。

富山は、いまでこそ、日本海側きっての産業集積地だ。だが、昔の富山は貧しかった。女性は働きに出ざるを得なかったし、出稼ぎもふつうだった。そもそもの話、僕らがイメージする「近代家族モデル」は、富山ではモデルにすらできなかったのだ。

断っておくと、閉鎖性や女性の低い地位など、伝統主義的な側面を富山は持っている。富山には富山の家族モデルがあり、生きづらさがある。

だが、女性が働くという風土のもとでは、家族の原理を「奥さん」にだけ頼ることができなかった。家庭のなかで女性が担ってきた仕事、家族の原理が、女性だけではなく、部分的に、世代と世帯をこえて外へと押しだされたのだ。

たとえば、三世代同居がすすんでいるから祖父母が子育てを支援し、これを地域もサポートする。さらに、保育所の整備がすすみ、待機児童ゼロ、保育所入所率も全国二位だ。

介護も面白い。富山型デイサービスでは、ひとつ屋根の下で、介護の必要な高齢者、障害のある人たち、そして子どもたちが同じときを過ごす。歳をとろうと、障害をもとうと、家族はみな同じ場所で暮らすものだという、いかにも富山らしい福祉のあり方だ。

 

これをさらに発展させた、社会福祉法人アルペン会の「あしたねの森」も興味深い。あしたねの森では、老人介護施設と保育施設が同じ敷地内にある。しかも、学童と同じフロアに障がい児を対象とする放課後等デイサービスが設置されている。高齢者と子どもたち、障がいのある子とない子の交流がひとつの敷地内で実現しているのだ。

富山が理想の地だといいたいのではない。美化する気もない。だが、だれもが働くことを前提とした社会であり、働きながら暮らす「いま」を守るために、しなやかに変化に対応している。だから、家族の原理が、富山流の独特のかたちで「社会化」されている。

ここに、僕は、いわゆる保守王国のそれとはちがう、守るべきを守るために、変えるべきを変える富山の「保守性」を見てとる。同時にこれは、左派やリベラルの求め続ける主婦労働の外部化、社会変革でもある。ただし、単純に税を集め、生活を保障するというスウェーデンモデルともまたちがう点が印象的だ。

自民党政治の停滞、それにもまして深刻な左派・リベラルの混迷。脱出のカギは、家族の原理をどのように制度に落としこみ、僕たちの命や暮らしを守っていく仕組みを提案することだ。そのリアルな選択肢が示されたとき、政治的無関心は過去の言葉になるだろう。希望は海の向こうからやってくるのではない。身近な地域での気づきのなかにある。

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