# 賃金

史上最高の企業利益なのに思ったほど賃金が上がらない日本経済の罠

パート賃金だけ25年で2割増の怪
竹中 正治 プロフィール

長期雇用保障と賃金の上方硬直性

第4に、米国と反対に日本ではフルタイム労働者の賃金伸び率がパートタイムのそれより低いのは、正規労働者の雇用の長期保証の有無と関係がある。おそらくこれが一番重要なポイントだ。

つまり正規労働者の雇用維持を最優先とし、その代償として賃上げを抑制する日本的な労使関係だ。

もっとも1990年代半ば頃までは労働組合も消費者物価指数の上昇率に労働生産性の向上を加えた水準をベースアップ要求の指標として春闘を展開し、ある程度その実現に成功してきた。

ところが、1997~98年の銀行不良債権危機を背景にした戦後最大の不況を機に、労働組合はベースアップを捨てて正規労働者の雇用維持を最優先する方針に転換し、経営もこれに応じるという転換が起こった。その時の慣行が今に至るまで続いていると考えられる。

この時の不況を契機に起こった期待経済成長率の低下も、企業経営者が景気回復期の人手不足を正規雇用の積極的な増加で補充することを躊躇わせ、パートタイムなどの非正規雇用の増加で対応する傾向を強めた。

 

そもそも、人手不足に対応して、企業がパートタイム労働の賃金を正規雇用のそれに比べて引き上げられるのは、再び景気後退などで労働力が余剰になった場合は、いつでも雇用を停止できるからだ。

言い換えると、人手不足にもかかわらず正規雇用の賃金、特にベースアップに企業経営者が二の足を踏むのは、正規雇用の賃金(特に所定内給与)は固定費であり、一度上げると景気後退になった時に削減が困難で企業利益を圧縮するからだ。

それは企業経営者や経済団体の首脳らが率直に語っている通りだ。

米国に比べると、日本の企業の正規雇用に関する解雇は総じて厳しく制約され、慣行や判例に基づき、大企業ほど解雇は企業が経営危機に直面して他に方策がない場合に限られている。

これが正規雇用の賃金を固定費化しているわけだ。一方で、企業規模が小さくなるほど十分な金銭的補償もなしに解雇されるケースが増えるのが実態だと言われている。

要するに現在の日本は大企業ほど長期雇用保証の代償に人手不足でも賃金、とりわけベースアップを犠牲にしている。

同時に、それほど雇用保証が安定的ではない中小企業でも慣行として大企業の抑制された賃金上昇率に足並みを揃える結果、正規雇用全体の賃金の上方硬直性が蔓延しているように思える。

エコノミストとしての観点で言えば、もう少し解雇権の行使を柔軟化して、米国で見られるように解雇の見返りに例えば最低1年分程度の給与を支払う条件で解雇できるような労働法制を施行すれば、賃金の固定費化は緩和される。

その結果、人手不足時には正規雇用でも賃金が今より柔軟に上昇する余地が生まれるだろう。いわゆる「解雇の金銭的解決ルール」である。

労働者も失業保険の給付に加えて相応の「解雇支給金」を得れば、時間をかけて転職、あるいは転職のための教育・再訓練などを受ける余裕が生まれる。