2018.10.10
# AI

「働かざる者食うべからず」というクソ真面目な考えはもうすぐ消える

AI時代と憲法27条の改正問題
井上 智洋 プロフィール

拷問によって植え付けられてきた「勤労道徳」

ところが、ルネサンス以降のヨーロッパ人は、古代ギリシャを自分達の精神的な源流の一つと見なしているにもかかわらず、そんな彼らこそが勤労道徳をいち早く身に付けるに至った。

 

中世ヨーロッパでは、貧困は神の御心にかなうことと考えられ、教会は積極的に貧しい人々に施しを与えた。近世が始まるとこうしたキリスト教に基づいた救貧思想は大きな転換を遂げる。16世紀、ドイツの宗教改革の指導者マルティン・ルターは、怠惰を厳しく糾弾し、労働は人々の神聖な義務だと訴え、乞食の撲滅を図った。

とはいうものの、人々はプロテスタントになることによって自ら勤労道徳に目覚めたというよりも、経済発展を背景に、為政者がプロテスタントの教義と暴力を用いて、人々に勤労道徳を植え付けたという方が実情に即している。

例えば、16世紀のイングランドでは「救貧」の名の下に、乞食に血が出るまで鞭打ちを加えたり、貧民を矯正院に収容し強制労働させたりして、人々を盛んに労働へと駆り立てた。

オランダでは、怠け者は地下牢に閉じ込められ水を注ぎこまれた。彼はポンプで水を排出し続けなければ溺れ死んでしまうのだった。18世紀のフランスでは、物乞いは犯罪行為とみなされ、乞食にはMという焼印が押された(ブロニスワフ・ゲレメク『憐れみと縛り首』平凡社)。

このように、私達が今当たり前に思っている勤労道徳は、近世ヨーロッパの為政者達によって拷問を用いて暴力的に作られたのである。

明治政府が日本国民にやったこと

日本人の祖先達は、キリシタンであることで拷問を加えられることはあっても、怠け者であるという理由で厳しく弾圧されることはなかった。

せいぜい二宮尊徳が、寒い日に仕事中焚火にあたって雑談していた労働者を怒鳴りつけて、裸で働くことを命じたとか、怠け者の農民に手鎖をつけたといったエピソードが残っているくらいである(礫川全次『日本人はいつから働きすぎになったのか』平凡社新書)。

二宮尊徳は、儒教を農民に広め、勤勉性を身に付けさせようとしたが、結局のところ成功しなかった。そういう意味では、二宮は失敗した東洋のルターである。

それではなぜ、ヨーロッパで生まれた勤労道徳が日本人にも血肉化されていったかのかというと、19世紀に日本が「近代世界システム」に包摂されて、狂乱的なヘゲモニー(覇権)の競い合いに巻き込まれるようになったからだ。

「近代世界システム」というのは、アメリカの社会学者イマニュエル・ウォーラーステインの提示した概念で、近代のヨーロッパで発生し地球上を覆い尽くすに至った広域的な経済圏を意味する。

幕末の黒船の来航を契機に近代世界システムに包摂された日本のかじ取りという重荷を背負ったのは、江戸幕府に続いて明治政府だった。

明治政府によって急務だったのは、富国強兵を図るために勤勉な国民を作り出すことだ。そのために二宮尊徳が、勤勉のシンボルとして修身(道徳)の教科書で扱われたり、全国の小学校にその銅像が建てられたりした。二宮は死んだ後に成功したルターとなったのである。

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