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「働かざる者食うべからず」というクソ真面目な考えはもうすぐ消える

AI時代と憲法27条の改正問題

「役に立たない人間」はいらないですか?

2016 年7月に相模原で起きた障害者殺傷事件は、19人もの人が殺害された戦後最悪の事件として日本国中を震撼させた。それに加えて、容疑者が「役に立たない人間はいらない」といった一種の優生思想を抱いていることもまた大きな衝撃を与えた。

恐ろしいことに、このような優生思想は、日本人の一般的な市民感覚とかけ離れていないように思われてならない。元東京都知事の石原慎太郎氏は、「この間の、障害者を十九人殺した相模原の事件。あれは僕、ある意味で分かるんですよ」(『文學界10 月号』文藝春秋)と理解を示したし、容疑者の犯行やその思想を支持する声もネットでは多く聞かれた(ただし、石原氏は容疑者をヒットラーになぞらえて批判してもいる)。

 

もちろん、それでも殺害行為を肯定する者はごく少数だろうが、「役に立たない人間はいらない」という優生思想に限定して言えば、多くの賛意が得られることだろう。
「働かざる者食うべからず」という新約聖書の言葉は、今やキリスト教圏の国よりも日本でこそ浸透している。それが証拠に、日本は貧困者を政府が扶助すべきと考える人の割合が主要国の中で最も低い。自己責任論が蔓延しているかように思われているアメリカが70%であるのに対し、日本は59%でしかない(大竹文雄『競争と公平感』中公新書)。

成人はすべからく働くべきであり、働かない者は飢え死にしても仕方ないという考えを持つ人が、過半数とまでいかないまでも、比較的多いのが日本社会なのである。
相模原事件の容疑者と彼らの違いは、積極的に人を殺めるか、飢えに瀕した者を見殺しにするかの違いでしかない。こうした市民感覚は、障害者や生活保護受給者に対する差別に繋がるだけでなく、働ける人・働かない人に息苦しい感情を催させる。

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傍目に見て働けるにもかかわらず働かない人はたいてい、発達障害やコミュニケーション障害など何かしらのハンディキャップを抱えている。たとえ、純粋に怠けているだけの人がいたとしても、怠惰に生まれ育ったこと自体が一種のハンディキャップであるとも考えられる。

それゆえ、「働かざる者食うべからず」と唱えれば唱えるだけ、就労に向かう人が増える以上に働かない人を追い詰めてしまう。