大杉漣、西城秀樹の友人たちが「いまになって思うこと」

喪って改めてその大きさに気づいた
週刊現代 プロフィール

師匠、あなたの幽霊に会いたいよ/山田たかお(タレント)

桂歌丸 享年81'18年7月2日没(慢性閉塞性肺疾患)

歌丸師匠は『笑点』で僕を徹底的にいじり倒しましたね(笑)。僕を紹介する時に「漂流してきた汚いワカメがご挨拶」なんて言い方をするんですよ。

それで放送をみていた子供たちから歌丸師匠へ投書がきた。「山田くんをいじめるな!」って。師匠は「山田くんを売ろうとしてやってあげているのに、恨まれちゃってるよ」って楽屋で笑っていましたね。

打ち上げの席で僕が挨拶する時、歌丸師匠は必ずトイレに行っちゃう。「山田の挨拶?じゃあトイレ」と行ってしまって、挨拶が終わると帰ってくる。このやりとりが定着していて、やるたびに盛り上がりました。

楽屋裏で歌丸師匠から「いくつになったの?」って聞かれたことがあって、「61歳になります」と答えたんです。そしたら「ええ!歳のことは絶対に喋っちゃダメだよ」と言われました。

やっぱり「山田くん」なので、実年齢がわかったらイメージが変わっちゃいます。視聴者のためにも伏せておいたほうがいいと思ったんでしょうね。

 

2005年に林家こん平師匠が多発性硬化症という難病で休業した時は、楽屋で後釜の大喜利メンバーをどうしようかという話になったんです。

すると、歌丸師匠が「変なやつ入れるんだったら、山田くんをメンバーにしてよ」とみんなの前で言ってくれたんです。僕はびっくりして、何も言えなかった。

そしたら6代目・三遊亭円楽師匠が「歌丸さんにそんなこと言われてすごいじゃねえか」と小突いてきた(笑)。

『笑点』では司会者が代わるごとに、座布団運び役も代わっていました。だから、歌丸師匠が司会になる時に、僕を代えてもよかった。でも「50周年までこのメンバーでやっていこうね」と言ってくれました。

そんな思い出を一つ一つ振り返ると、あらためて思います。歌丸師匠は僕のことをイジりながらも、ずっと大事な存在として考えていてくれた。

座布団運びを始めた当時は、プロの噺家と一緒に仕事をするなんてと、恐縮していました。師匠は、そんな僕に気を遣ってイジっていたのかな、といまになって気付きます。

歌丸師匠の容態が良くないという知らせを聞いて、僕は病院へ駆けつけました。本当に最期なんだなと思って「47年間ありがとうございます!」と声をかけました。

そしたら、急に歌丸師匠の目が開いて、「山田くん、ありがとう!」と2回言ったんです。

それからスッとまた寝てしまった。他のメンバーが話しかけてもそんな反応をしなかったので、みんなびっくりしていました。僕はずーっと泣いていましたね。

歌丸師匠の誕生日は8月14日で、お盆の生まれ。一度でいいから見てみたい。歌丸師匠の幽霊を。