御茶ノ水駅の線路近くで鳴くミンミンゼミ(筆者撮影)

数えきれないほどセミを調べてわかった「中国のセミは鳴くのがヘタ」

中には1時間鳴き続けるセミもいる

セミの鳴き声に「方言」はあるのか

筆者が日本と中国の野生生物の比較調査を始めてから、30年余が経ちます。これまでの記事でもお伝えしてきたとおり、中国の険しい奥地や、観光客が決して行かないような場所ばかり訪れてきたのですが、そのたびに中国の人々のあまりのデタラメさに悩まされてきました。

それとこれとは関係ないとは思うのですが、日中の自然を比較してみて気になるのが、日本のセミに比べて、中国のセミは「鳴くのがヘタ」ということです。

ということで今回は、日本のセミと中国のセミの鳴き声の違いについてお話ししましょう。最初に断っておきますが、セミの写真もいくつか出てきますので、セミが嫌い、もしくは怖い、という方はご注意ください。

 

さて、「セミの鳴き声に違いがある」という話をすると、よくあるリアクションが、「ああ、セミの鳴き声って方言があるんですよね」という反応です。

実は、これは誤解です。セミの鳴き声は原則として種ごとに決まっていて、地域的な変異がある場合でも、それは後天的なものではなく遺伝的な形質です。「方言」はあくまで後天的に学ぶものですから、適切な表現とはいえません。

もし同じ種のセミの鳴き声に違いがあるとすれば、それは地域集団ごとの変異ではなく、個体の変異、要するに「個性」です。日齢(人間でいえば年齢)によっても多少の変化があるでしょうし、気象条件や、その個体の置かれている立場(例えば、メスが近くにいるときとか、接近してきた他のオスのせいで緊張しているとか)によっても、通常とは異なる鳴き声を発することがあります。しかし基本的には、同じ種なら鳴き声(音色と様式)も同じです。

余談ですが、生物学的な立場ではなく人文的な立場から言えば、「セミの鳴き声をどう表現するか」に関しては地域性があるといえるでしょう。

ミンミンゼミは「ミンミンミン(繰り返し)…ミーン、ミンミン、ミー」、アブラゼミは「ジリジリジリ…ジ~~~」で、あまり異論はなさそうです。

ミンミンゼミ。左から中国雲南省産のオス、中国浙江省産のオス、中国四川省産のオス(すべて筆者撮影)

ツクツクボウシは、「ホーシ、ツクツク…」か「ツクツク、ホーシ…」か意見が分かれそうですが、繰り返していると結局同じになります。ツクツクボウシの鳴き声は、前半と後半でメロディが変わり、後半の鳴き声は「ウィーホーシー」とか「フィヨーシー」とか「ツクリョーシー」とか、いろんな表現があります。

ヒグラシは、別名「カナカナゼミ」というように「カナカナカナ…」が、その澄み切った金属的な音色の雰囲気をよく表していると思いますが、筆者が取り組んでいる中国産の複数集団などの比較をする際には、やや都合が悪い。それで便宜上、音の高さによって「カカカカ…」とか「ケケケケ…」とか「キンキンキン…」とかを当てはめています。

奇妙な「ツクツクボウシ」

日本には、研究者によりカウントの仕方が異なりますが、およそ35種のセミが分布しています。先に述べたように、原則として同種のセミは鳴き声も同じですが、例外的に地域によって鳴き声が異なる種もいくつかいます。

それらの鳴き声の差は、可変性がある「方言」に相当する差ではなく、遺伝的に安定した、先天的な差です。考え方によっては、それぞれを別の種とみなせるかもしれません。

地域間の差が最も明確なのは、ツクツクボウシです。例えば屋久島産のツクツクボウシと、それ以外のツクツクボウシには、きわめて明確かつ安定的な鳴き声の違いがあります。

ツクツクボウシ。(左から中国四川省産のオス、同メス、沖縄伊平屋島産(オオシマゼミ)のオス(すべて筆者撮影)

屋久島産の最大の特徴は、「2つのメロディーからなる」というツクツクボウシの常識が当てはまらないこと。後半のメロディーをまったく欠いていて、最初から最後まで「ホーシ、ツクツク」を繰り返すのです(細かいことを言うと、鳴き声全体が短く、最後のほうで速度を上げる)。

筆者はこれまで、北は秋田県から南はトカラ列島の横当島まで、ツクツクボウシの鳴き声をチェックしてきました。

すると、屋久島(およびその西~西北に位置する口永良部島、硫黄島、黒島)に住むツクツクボウシだけが、後半のメロディを持たないことがわかったのです。本州~九州にかけての全地域で、数十カ所数千の個体をチェックし、屋久島など4島で1000個体以上をチェックしたのですが、例外は全くありません。

羽化した個体を別の鳴き声の集団の中に置いたとしても、鳴き声は変わらないことから、この特徴は「方言」ではなく遺伝的な安定性を持った形質だといえます。