自閉症の子を持つ大学教授が相模原事件・植松被告に尋ねた一つのこと

「あなたの父親が心失者になったら…」
佐々木 隆志 プロフィール

いま一番必要なこと

津久井やまゆり園殺傷事件以降、2年が過ぎた。

新聞などで見る限りその9割以上が植松被告の内容である。殺した人の偏見ばかりで不公平を感じている(「岩手日報」、2018年7月25日(水)、24面)。

仮に2年前、たとえは良くないが、私の学生が自分を含め19人以上殺害されたとしよう。

その殺人者の手記が出るとしたら遺族の方々はどう受け止めるだろうか。学生に尋ねてみた。「考えられない」「気持ちわるい」「許せない」の答えが返ってきた。

では今回なぜ、植松被告の手記刊行が可能なのか。それは「重度の障害者」であることが理解できる。これは、健常者と障害を持つ者について、命の大切さを等しく見ていないことの現れである。

また、社会は弱者の立場に立ち考えてみよう。身内の方々、父や子どもが突然理由もなく殺害されたら、手記刊行は歓迎するだろうか。

つまり、「いのち」を平等にしていない社会は常に差別を再生産してくる。これは歴史上明らかであり、結果的には人間の不幸を生む。自分は事件の当事者でなかったから安堵感がある。本来、自身でも他者でも被害に合うことは望ましくない(「読売新聞」、2018年7月27日(金)、29面)。

国会等の議員の発言を聞いても、健常者に視点を置いた発言が目立つ。

植松被告に「あなたの父親が心失者になったら、父を殺し自然にもどすか」と尋ねた。立川拘置所で返事なく下を向いたままだった。

今、必要なことは地域における障害を持つ方々、生活に困っている方々を地域レベルで把握し関わり支援していくことである。それが障害に対する偏見や差別解消の第一歩である。

私が担当する講義や学生生活のなかで、可能な限り重度の障害者(知的、精神的、身体的)の方々と関わる機会を設けている。

生活困窮者の自宅訪問、刑務所訪問、少年鑑別所や少年院慰問、デイサービスセンターなど関わり生活実態に触れることが大切である。

関わらずして気持ちを理解することは不可能である。社会福祉は、当事者の生活に入らなければ真実が見えてこない。