開戦2日前、東條はなぜ寝室で号泣したのか…「昭和の怪物 七つの謎」

保阪正康×半藤一利
週刊現代 プロフィール

瀬島の手が震えていた

――ところで、謎を秘めた「昭和の怪物」と言えば、筆頭に挙がるのが瀬島龍三です。大本営作戦参謀として暗躍し、2007年に95歳で死去するまで、「ソ連スパイ説」がついて回りました。

保阪 瀬島には、2回で計8時間くらい話を聞きましたが、相手の知識を見て言葉を変えるタイプでした。私は事前に40項目の詳細な質問書を出していたのですが、「こんなに細かいこと答えようがない」とはぐらかす。

警視庁外事課長を務めた佐々淳行氏は、昭和30年代の自身の経験から、「ソ連スパイ説」を一貫して主張していました。

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半藤 私は4~5時間話を聞きました。瀬島は昭和19年('44年)12月、単独でモスクワに出張し、その報告がもとになって、鈴木貫太郎内閣はソ連を仲介役とする和平に傾いたわけです。そうしたことを突っ込んで聞いた。

すると、私が核心に触れるたびに、タバコを持つ手が震えるんですね。しまいにはカレーライスを食べながら、スプーンを落としてしまった。

「秘密を墓場まで持っていくつもりですか」と聞いたら、「まあ、そんなものだな」と答えました。

保阪 瀬島は戦後、シベリアに11年間、抑留されますが、その間に一度だけ、昭和21年('46年)10月18日に、ソ連側証人として、東京裁判に出廷しています。その証言を傍聴したのが、内務官僚だった後藤田正晴(後の官房長官)でした。

私が後藤田から聞いた話などをもとに考えれば、ソ連側に寝返ったエリート軍人の姿を、当時の若手官僚たちに見せようとしたみたいですね。

瀬島は、ソ連崩壊後の平成4年('92年)、『シベリア抑留秘史』の日本語版翻訳が出た時、監修役を務めましたが、原本にあるソ連人の証言などを平気で改竄しています。私がそれを指摘すると、「事実を書いて何が悪い」と開き直っていました。

 

半藤 昭和史は本当に、百鬼夜行だね。

保阪 昭和には他にも、犬養毅や吉田茂を始め、多くの怪物たちが生きました。昭和から30年が過ぎて、ようやく彼らの実像を客観視できるようになってきたように思います。

保阪正康(ほさか・まさやす)
1939年、北海道生まれ。同志社大卒、ノンフィクション作家。近現代史の実証的研究を続け、延べ4000人に証言を聞く。菊池寛賞、和辻哲郎文化賞を受賞
半藤一利(はんどう・かずとし)
1930年、東京生まれ。東大卒、文藝春秋専務取締役を経て作家。新田次郎文学賞、山本七平賞、毎日出版文化賞、菊池寛賞受賞。新著『歴史と戦争』が10万部

「週刊現代」2018年9月1日号より