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開戦2日前、東條はなぜ寝室で号泣したのか…「昭和の怪物 七つの謎」

保阪正康×半藤一利

『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)が、発売1ヵ月足らずで11万部を突破し、評判を呼んでいる。著者の保阪正康氏と、『歴史と戦争』がベストセラーの半藤一利氏が、「昭和の怪物」を語った。

東條夫人が洩らした言葉

――『昭和の怪物 七つの謎』の中で大きな反響を呼んでいるのが、東條英機首相の「号泣シーン」です。

あの太平洋戦争開戦時のコワモテ首相兼陸相が、開戦直前に落涙していたというのは、驚きです。

保阪 昭和40年代後半から50年代のことですが、東條英機について書きたくて、東條を知る関係者に、計200通くらいの取材依頼の手紙を書いたんです。カツ夫人にも、3~4回出しました。

すると、ようやく許可が下りて、都合30回くらいご自宅にお邪魔し、齢90歳のカツ夫人に話を聞きました。

そんな中、ある時、夫人がふと、こう漏らしたのです。

「当時、『宅』(夫をこう呼んでいた)が一人で寝て、私は娘と隣室で寝ていたのですが、(太平洋戦争)開戦の2日前(昭和16年12月6日)の深夜、『宅』の部屋から泣く声が洩れてきました。

私がそっと襖を開けたら、『宅』が軍服を着て皇居の方向を向いて正座し、号泣していたのです。私は慌てて襖を閉めました」

対米強硬派の東條陸相は同年10月18日、青天の霹靂のような形で首相の座に就きましたが、責任の重さに打ち震えていたのでしょう。

同時に、昭和天皇が対米英戦は避けたいと思っていることを知っていただけに、それに応えることができなかったとの負い目も持っていたと思います。

 

半藤 私もカツ夫人には、4~5時間話を聞いたことがありますが、その号泣の話は、ちょっと劇的すぎる気がしますね。

カツ夫人は、戦時中は国防婦人会名誉会長を務めるなど、当時の軍人夫人には珍しい目立ちたがり屋でした。新聞記者を引き連れて戦死者の家を回ったり、東條が演説や視察などを行う時も、記者に動員をかけている。

そうしたことから、宋美齢夫人(中国国民党政権の蒋介石総統夫人)になぞらえて、「東美齢」とのニックネームを頂戴していました。私の父など、「雌鶏泣いて国滅ぶ」と眉をひそめていたほどです。

東條英機は、終戦後の東京裁判でA級戦犯となり、昭和23年('48年)12月に処刑されますが、カツ夫人は昭和57年('82年)まで生きました。戦後の賢夫人ぶりはどうもね(笑)。