20世紀の哲学は「哲学の墓場」である——新たな原理の構想に向けて

『欲望論』の著者、竹田青嗣氏に聞く②
竹田 青嗣 プロフィール

そういうわけで、現代哲学は論理相対主義、思想的相対主義、批判的相対主義というように総じて相対主義に行き着いてしまい、人間にとって最も重要であるはずの、価値や倫理の普遍的な根拠を立てることができなくなってしまったのです。

このところ売り出し中のカンタン・メイヤスーなどがポストモダン思想を批判するのもこのためです。現代では哲学が死に瀕しているのです。

20世紀の哲学は、哲学の墓場です。

いま、哲学を学ぼうとする学生は、すでに存在しているどこかの哲学スクールに入ってその「話法」を習い、その「ルール」の中で他人があまりやっていない領域を見つければ学者としてやっていける。

ところがそのスクールの「話法」自体を考え直すような論文を書いたらもう終わり。

ほんとうは哲学は、より根本的、より普遍的な洞察の方法を見出していく言語ゲームのはずなのに、現実はさかしまになっている。

でも私は、哲学に強く引かれる若者は、いま言ったような哲学の本質への直観をやっぱりもっているはずだから、必ず哲学の方法の立て直しが起こるはずだと思っているんですね。

だから、私がその言い出し役を引き受けたいと思ったのです。

 

いま哲学が必要な理由

――相対主義の弊害と言えば、究極には力の強い者が勝つというニヒリズムに行き着くより他はない、ということもあるのではないかと思います。

「あとがき」で、今のままの状況が進めば、人間の社会はそうならざるを得なくなると強く警告されています。その危機感も執筆の大きな動機だったように思います。

近代哲学は、社会の構造の問題を解くために決定的な仕事をしました。近代以前には、そもそも個々人の自由が原理的に確保されているような社会はなかった。例外なく絶対専制支配の社会でした。

近代になって、ヨーロッパに近代哲学が現われて、万人に「自由」を確保する社会はいかにして可能かを、はじめて原理として提示することができた。

このことは、近代社会が資本主義という経済システムゆえにさまざまな矛盾を生み出していることとは、また別の問題です。

マルクス主義も、そのあとのポストモダン思想も、近代社会の大きな矛盾に目を奪われて、近代哲学が提示した社会原理の持つ、この決定的な重要性を忘れている。

問題を整理すればこうなります。

マルクス主義は、自由経済と資本主義が諸悪の根元だと考え、私的所有と自由競争を禁止しさえすれば、よい社会になると考えた。

しかしそれは大きな勘違いで、経済的な「平等」を力づくで実現させようとすると、逆にむしろ強大な権力システムが必要となり、その結果として、必然的に自由が抑圧されてしまう。

この事態を目撃したポストモダン思想は、反権力という対抗思想を作りあげた。しかし、近代社会における万人の自由が、じつは人民の権力によって維持されていることを、彼らはまったく見なかった。

統治する権力がなければ、むしろ先ほども言ったように万人の万人に対する闘争にならざるを得ず、その結果として、必ず力による自由の抑圧に帰結する。このことに現代思想は無知でした。

どのような「よい」統治権力を作り出すべきかが問題なのに、権力自体が「悪」だから、それを廃棄してしまえば問題は解決するというロマンチックな夢想に落ち込んでしまった。

ポストモダン思想は、相対主義の立場を取れば、権力だって相対化できると考えた。そしてそこから、どんな権力や制度も絶対的な根拠はもっていないという驚くべき論法が蔓延した。

でも哲学的にはまったく逆です。

相対主義の論理の核は、善悪、正しさも相対的なものにすぎず、その根拠などはどこにもない、という点にあります。しかしそうなれば、その究極の帰結は、善悪や正義・不正義を決めるのは、さっきも言ったように「力」の強いものだということにならざるを得ない。

社会思想の分野でも、相対主義の蔓延は、問題解決の放棄にしかならないんです。

ここ十数年の間に、現代資本主義は新しい局面に入りました。少なくとも先進国では人々に自由がゆきわたり、生活上の豊かさも味わえるようになりました。しかしその一方では、マネーゲームによる独占的支配が世界的な規模で進行している。

マルクス主義のあとに社会批判を担ったポストモダン思想が完全に的を外した批判にかまけているうちに、資本主義の構造がどんどん悪くなってしまったのです。

この観点からすれば、ポストモダン思想の原理よりも近代哲学の原理の方が優れていることは明白です。

モダンを超えると称したポストモダンなるものは、まったくの虚像にすぎなかった。だからこそ、社会構造に関する新しい原理が構想されないといけない。

これも、いま哲学が必要とされている理由です。

(第3回につづく)