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翁長知事を誤解している人が知らない、この国と沖縄への「真の思い」

保守の重鎮が、基地建設に反対した理由

8月8日夕方、沖縄県知事の翁長雄志氏が膵がんのため67歳の若さで亡くなった。翁長氏と親交の深かった作家の佐藤優氏が、基地建設に反対し続けた翁長氏の真意について語る。

※本記事は『佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」』に収録している文化放送「くにまるジャパン極」の放送内容(2018年8月17日)の一部抜粋です。野村邦丸氏は番組パーソナリティです。
 

ゴルバチョフからの追悼メッセージ

邦丸: 佐藤優さんは、今は亡き翁長知事と何度も何度もお会いして、いろんなお話をされたそうですね。

佐藤: 何度も会っています。あまり目立たないように注意して、特に東京ではメディアの人が見ていると面倒なので、綿密に打ち合わせていました。私が2時間くらい前に先に会合場所に入って、スッと翁長さんが入ってきて、出るときは翁長さんが先に出る。そんな感じでときどき会っていました。

電話では、しょっちゅう連絡をとっていました。それこそ数百回ですね。

邦丸: そうなんですか。

佐藤: 翁長さんという人は、国際情勢に関心があったんですよ。

たとえば、2016年のアメリカ大統領選でトランプさんが当選するかしないかというとき、ギリギリに電話をいただいて、「佐藤さん、どう思いますか」と。「フロリダでトランプが勝ちましたから、このままいくと思いますよ」と答えたのですが、翁長さんは「それなら早速、沖縄県知事からの祝電を用意したほうがいいですね」と。

要するに翁長さんは、トランプさんがメチャクチャな人だということはわかっているけれど、沖縄の基地問題に少しでも関心を持ってもらえる可能性がある、状況が変わる可能性があるなら、どんな些細なチャンスでも失うまいということだったんです。

それから、翁長さんはゴルバチョフ(元ソ連最高指導者)さんともときどき連絡をとっていました。

邦丸: ゴルバチョフさんと! へえ~~。

佐藤: ソ連が崩壊したとき、民族問題が大変で、国がガタガタになった。その教訓から学ばないといけない、と。沖縄の自己決定権強化は主張するけれど、日本全体に大混乱をもたらしてはいけない。そういったことについて学ぶために、翁長さんは那覇市長時代にゴルバチョフさんを沖縄に呼んでいます。

東京ではほとんど報道されていませんが、そのときの縁があって、琉球新報にはゴルバチョフさんからの追悼のメッセージが載っていますよ。

邦丸: それは知らなかった。

佐藤: そういった意味で、規格外というか、地方の知事にとどまらない、国政レベルのトップという感覚がある政治家でしたね。

邦丸: 東京でも報じられているのは、沖縄県知事選挙が9月30日にありますけれど、翁長さんの後任は、保守系だろうが、いわゆるオール沖縄系であろうが、なかなか難しいだろうと。それだけ器の大きな人だったと言われていますね。

佐藤: それは間違いないですね。「イデオロギーではなくアイデンティティだ」と。翁長さん自身が、そういうふうに変わっていった。歩きながら考えるタイプの政治家なんです。