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眠れぬイーロン・マスクと悩める投資家を襲った「テスラ最大の危機」

待つのは大復活か、それとも破綻か
小出 フィッシャー 美奈 プロフィール

しかし、そこからの挽回ぶりが「鉄人」だった。テスラはマスク氏の追加出資と政府からの低金利融資でリーマンショックを乗り越え、2010年に株式公開。第2弾の「モデルS」のリリース後も、生産不調でキャッシュが残り2週間分しかないという財政危機に陥りグーグルへの売却案まで検討されたが、ギリギリのところで車が売れはじめ、テスラは初めての四半期利益を計上。株価は5倍に跳ね上がった。

スペースXも、4度目のファルコン1号の打ち上げが成功。こちらも企業の存亡が分かれる瀬戸際のところで、NASA(米航空宇宙局)から16億ドル(約1700億円)の大型受注が入って破綻を免れる。その後開発された「ファルコン9号」はこれまでに60回近く打ち上げられ、成功率も96%以上。2015年には、ロケットを洋上ステーションに帰還、垂直に着陸させることに成功し、事業は軌道に乗った。

はたしてマスク氏は、今回もギリギリのところで危機を跳ねのけ、大成功したビジョナリーとして名を残せるだろうか。

「パニクるなよ!」

壮大な夢を追うビジョナリーには、目先の業績など気にかけない困った性癖もある。テスラの3月の決算発表後の電話会議では、手持ち現金が減ってきたので増資の必要があるのかとアナリストが至極真っ当な質問をしたのに、マスク氏が「退屈でアホな質問はしないでほしい。はい、次!」とやって、投資家から一斉にブーイングを浴びた。

期待先行で実際の業績が伴わない企業は、ヘッジファンドの現実主義者達の格好の空売りターゲットになる。テスラの空売りポジションは、8月22日現在浮動株の27%を超えている。株価は1ヶ月で3割上がって3割下がるような乱高下を繰り返す。これでは投資家のほうが眠れなくなるだろう。

こういう会社は、マスク氏が試みたように、広く一般から資金を集める公開企業よりも懐が深い少数投資家に限定した非公開企業である方が、経営者、投資家の双方が幸せかもしれない。

 

しかし私募の出資話であっても、リターンが見えなければ投資家はついてこない。問題は、先行者のビジョナリーがいつも事業で有利になるとは限らないことだ。電話や電球のほかに蓄音機を発明したトーマスエジソンは「エジソン・レコード」という会社を作ったが、後発の競合に押しやられた。ジャガーやメルスデスベンツの高級EVの生産開始も近く、テスラを取り巻く競争環境は今後さらに厳しくなりそうだ。

また、たとえテスラがこの危機を乗り越えても、マスク氏に安定事業は期待しないほうが良さそうだ。ビジョナリーは往々にして、リスキーなベンチャーに一つ成功しても、そこから生まれる利潤を次の、よりスケールが大きく、よりリスクの高い事業に注ぎ込んでしまう。なかなか株主還元にはまわってこないだろう。

スペースXは来年にNASAとの宇宙有人飛行も計画している。ファルコンヘビーをさらに上回る史上最大のロケットBFRの開発も控えているし、地球のあらゆる場所からのインターネットアクセスを可能にする「スターリンク」構想で、低軌道に多数の衛星を打ち上げる計画もある。そして、その先には「火星探査」。今後の事業拡大にいったいどれくらいの資金が必要なのか、よく分からない。

マスク氏は火星に100万人が移住する未来を描き、2024年にスペースXの有人火星探査を目標に掲げている。BFRロケットは一度に乗客100人と物資を搭載することが可能で、火星渡航費用の見積もりは一人20万ドル(約2200万円)。映画を見たりしながら90日間で火星に到着するという。

こうしたマクス氏の壮大な「ビジョン」はどこから来ているのだろう。

マスク氏が宇宙空間に打ち上げたテスラの愛車には、「パニクるなよ! (DON’T PANIC!)」というスティッカーが貼ってあった。マスク氏の少年時代の愛読書、SFコメディーの古典「銀河ヒッチハイク・ガイド」からの引用だ。これは、主人公である地球人が「地球の歩き方」の宇宙版のようなガイドブックを執筆する地球外星人と、銀河を一緒にヒッチハイクして回るという奇妙な物語だ。

ビジョナリー経営者の夢と付き合う投資家は、宇宙人との旅のように常にハラハラドキドキさせられるだろう。「パニクるな」というのは、マスク氏の自戒の言葉なのかもしれないが、ひょっとしたら投資家へのメッセージなのかもしれない。