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# イーロン・マスク # テスラ

眠れぬイーロン・マスクと悩める投資家を襲った「テスラ最大の危機」

待つのは大復活か、それとも破綻か
イーロン・マスクは、いま追い詰められている。テスラの株式非公開化をほのめかすツイートに端を発した大混乱、膨大な仕事量と睡眠不足に悩まされていると語ったインタビュー。「ビジョナリー」と称される経営者の迷走の背景には、テスラの厳しい財務状況があった。「鉄人」の異名もあるイーロン・マスクは、今回のピンチを乗り切れるのか?
米国の投資運用会社で働いた経験があり、『マネーの代理人たち』の著書もある小出・フィッシャー・美奈氏が解説する。

イーロン・マスクは眠れない

睡眠薬を飲んだら、ソーシャルメディアはやらないほうが良さそうだ。

日本でも若者の「眠剤ハイ(睡眠薬の乱用で気分を高揚させる行為)」が問題になっているが、米国では失態を睡眠薬の副作用のせいにする自己弁護を、一般的な睡眠薬の名をとって「アンビエン・ディフェンス」と呼ぶ。
*アンビエン =日本での商標名はマイスリー 

2006年に睡眠薬を飲んだ下院議員が車で議会に突っ込んで以来使われてきた弁解で、最近もツイートでの差別発言を批判されたコメディー女優がアンビエン服用を持ち出したため、製造元サノフィが差別は薬の副作用とは無関係だと声明まで出した。

そしてテスラのCEO(最高経営責任者)イーロン・マスク氏が今月初めに突然「ツィート」で発表した株式の非公開化案。テスラ株はこれでいったん買い戻されたが、マスク氏のソーシャルメディアでの情報開示に虚偽や株価操作がなかったか、米証券委員会(SEC)が召喚状まで出して調査を始めたことで、再度大きく売られた。マスク氏はその後のインタビューで、眠れぬ夜のアンビエンの多用を認めている。

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……と書いていたら金曜の夜、マスク氏が非公開化の撤回を発表した。フォルクスワーゲンなどが300億ドルの出資に名乗り出たが、マスク氏のほうが断ったと報じられた。生産台数改善の情報も伝わり、月曜日のテスラ株は揉み合った末、1%程度の下落で引けた。

今年2月、マスク氏の宇宙事業「スペースX」が打ち上げた、現役では世界最強のロケット「ファルコン・ヘビー」。その積荷が、マネキンの宇宙飛行士を乗せたマスク氏の愛車テスラという心憎い演出だった。青い地球をバックにした赤いロードスターの夢のような映像は、YouTubeで400万回以上も再生された。

*上の動画はその夢のようなシーン(1分19秒)から再生します

でも今のテスラは、夢どころか、のるかそるかの大ピンチだ。初のマスマーケット商品「モデル3」を週に5000台作るという量産目標を6月に達成したが、生産が安定する前に資金のやりくりが極めて危ういことになっている。

テスラの財務報告書を見てみよう。現預金は6月末現在で22億ドル程度あるが、損失はまだ拡大していて、4〜6月の四半期でも営業赤字と新たな投資で18億ドル程度の現金流出が起きている。新たな借金など財務のやりくりでキャッシュをバランスシート上に何とか確保しているが、負債も100億ドル規模に膨らんでいる。

生産が軌道に乗ればここから大きく回復する可能性があるが、生産トラブルが続けば遠からずキャッシュが底をついて破綻するリスクも否めない分かれ目だ。当局の調査中は新たな負債調達や増資も難しく、今回非公開化の道も閉ざされたことで、資金繰りがより深刻なものになる恐れもある。マスク氏も相当精神的に追い込まれているのだろう。

 

極めて悩ましい「ビジョナリー」への投資

革新的なモノやサービスを生み出し、世の中の仕組みまで変えてしまう先見性のある起業家を、英語で「ビジョナリー」と呼ぶ。「ビジョン」とは何かが見えること、視力、あるいは目に見える像のことだ。凡人にはよく見えない幻影のようなものを一人眼力鋭く見通している洞察力のある人、またそのおぼろげなものに具体的な姿を与えるために集団を引っ張っていく人、というニュアンスがある。

米国では、ひと昔前ならヘンリー・フォードやウォルト・ディズニー、ハワード・ヒューズ、近年ではマイクロソフトのビル・ゲイツやアップルのスティーブ・ジョッブズ、グーグルのラリー・ペイジらがそれに相当するだろうか。

電気自動車と宇宙開発という未踏の領域に同時に挑戦するイーロン・マスクのスケール感はまさにビジョナリーだが、社会に広くイノベーションをもたらす成功例になるか、それとも40年代にシートベルトなどの安全装置を備えた先進的な車を作りながら、わずか51台の生産で幕を閉じたプレストン・タッカーのようなドリーマーで終わるか、その分岐点にいるようだ。