中学教師になった野間清治が、那覇で通い詰めた「夜の社交場」

大衆は神である(15)
魚住 昭 プロフィール

「その約束を忘れるな」

清治が前に行った家を探していると、かなり大きい家で客を送り出すため戸が開いた。清治は半分強引にそこへ滑り込んだ。

どうにか部屋に上げてもらい、清治が「遊ばしてくれ」と言うと、「駄目です」と断られた。「駄目な訳はない。遊ばしてくれ」と、女性2〜3人を相手に押し問答をしていると、年のころ31〜32歳の品のある女性が「どうしたのですか」と言いながら入ってきた。

清治はその女性を見るなり、

「君ならばいい。君ならばいいけれども、他の女ではだめだ」

と言い放った。あとでわかったことだが、その女性は家の女主人の妹だった。みだりに客の前に出ることはなく、遊女たちや客にとっては尊敬の対象でもあった。彼女は、

「今日はいけません。またそのうちにお出で下さい」

と言い、

「いったいあなたはどちらの何と言う方ですか」

と訊ねた。清治は名刺を出した。

「何をなすっていられるか」と聞かれたので、清治は「中学の教師である。今日はだめだというならば、この次はよかろう。その約束を忘れるな」と言って、プイと家を出て下宿に帰った。

 

もう自分の家のようなもの

ひと月ほど後、清治はまた泥酔して、同じ家に行った。そうして「今日はよかろう」と談判したら、「今日はいけない。この次もう一度いらっしゃい」と言われ、また追い返された。

以下も清治の回想である。

〈それからおよそひと月もたってでありましょうか、何かの機会にまた行った。ところが今度は「どうぞこちらへ」というわけで、立派な部屋に案内された。

われ未だ命ぜざるに、いろいろの御馳走がその前に並んで来る。豚の料理、酒なども出てくる。やや年をとった四十歳ぐらいの人が出てきて丁寧に挨拶をする。だんだん聞いてみると、それは私の学校の寄宿舎において世話をしている生徒のお母さんであった。そのお母さんがすなわちこの家の御主人であって、首里のある華族がお客様で、その子供なる者が生徒である。(略)私の評判を生徒からお母さんと妹が聞いてやや安心をした。さらにだんだん探ってみるというと面白い先生で親切な先生でといったようなことを聞いたかもしれない。(略)

とにかくそんなことで辻にもだんだん行くようになった。初めは月に三回、次には五回になり十回になる。例の性質である。いよいよ熱し来る場合にはその方へずっとはまり込む〉

辻遊郭にはいちいち金を持っていく必要がなかった。ひと月に一度、大まかな勘定をすればいい。行けば、酒や肴が出る。菓子が出る。小間使いのような娘が歌を唄い、踊り、琴を弾く。

清治はその家に入り浸り、女主人やその親類、相手の女性の友人たちとも親しくなった。そうなるともう自分の家のようなものだ。彼女たちは朝、食いしん坊の清治のためにご馳走をつくった。清治はそれを弁当箱に詰めて学校へ出かけるようになった。

(つづく)