老舗和菓子・たねやを救った「バームクーヘン革命」の秘密

これが本物の近江八幡のバームクーヘンです
山本 昌仁 プロフィール

伝統とは「変える」こと

長年、ご愛顧いただいている地元のお客様から、こんな声をかけられることがあります。

「たねやの栗饅頭はずっと変わらへん。いつ食べてもおいしいわ」

いえいえ、そんなことはありません。私の代になって、ほぼすべての商品の味を変えました。そうした大幅な変更とは別に、マイナーチェンジは日々おこなっています。クラブハリエの商品も同様です。バームクーヘンだって、ずいぶん味を変えてきている。

人々の味の好みは変化しています。それに合わせて菓子の味も食感も変わって当然なのです。

父が祖父のレシピで栗饅頭を作ってくれたことがあります。もう甘ったるくて、二口と食べられませんでした。それを甘さ控えめにしたのが父のレシピですが、私はその砂糖の量を半分にしたわけです。

栗饅頭(上)と最中

戦後しばらくは、砂糖を固めただけで売れた時代です。人々は甘いものに飢えていたから、そのほうが良かった。そんな時代に求められるものと、現代に求められるものは違う。健康志向の強い現代は、より甘さをおさえた菓子が求められます。

父からくり返し言われたのは、「主人がすべての味を決めるんや。それができんのやったら、継いだらあかん」。代が変われば味が変わるのを当然と考えているから、私がふくみ天平や栗饅頭の味をいじっても、一言の文句も言わなかった。

主人が変わったら味を変えるのは、そこでいったんリセットし、新しい時代の嗜好に近づけていく知恵なのでしょう。

もし祖父のレシピをいまも守り続けていたら、間違いなく栗饅頭は売れていません。「伝統を守る」という言葉をよく耳にしますが、守っていたら、たねやは潰れていた。私は伝統とは「続けること」だと思っています。では、続けるために何をすべきなのか? 時代に合わせて変えるしかない。伝統を守るとは、変えることなのです。

ただし、変えたことがお客様にわかるようでは、話になりません。大きく変えているのに「昔から変わらん味やなあ」と言っていただいてはじめてプロなのです。

洋菓子に駆逐されている

この30年で、和菓子屋の数は半分近くに減っています。うちにも京都や東京の和菓子屋から、ブランドごと買い取ってくれという依頼がけっこうきます。他社を次々と買収して、どんどん大きくなっていくのは、私どもの企業理念でないとご説明して、お断りするのですが。

デパートの菓子売場は、洋菓子に席巻されています。20年前、一等地には和菓子屋が並んでいたものですが、いまや隅に追いやられました。

たねやも、クラブハリエの売上に抜かれつつある。クラブハリエの店舗数が少ないから、たねやの売上が上回っているだけの話で、もし店舗数が同じだったら、すでにクラブハリエに負けています。私が八日市店に入って「なんとかたねやに追いつこう」と頑張っていたのが嘘のようです。

 

近江八幡の小学校で、「この1年間に和菓子を何回食べましたか?」と聞いたことがあります。1度も食べなかった生徒がけっこういました。だから、小さい頃から馴染んでもらおうと、小学校に和菓子を配る活動も始めました。

バレンタイン、クリスマス、ハロウィーン……。実は洋菓子の隆盛も歳時とは切っても切り離せないものです。ところが、ちょっと前まで存在しなかったハロウィーンが大いに盛り上がる一方、日本の歳時は節分も、ひな祭りも、端午の節句も、影が薄くなってしまった。いろんな意味で、大きな問題だと思います。

いま結婚式といえばウェディングケーキです。新郎・新婦がナイフを入れて、切り分けたものを出席者が持ち帰る。でも、料理屋で結婚式を挙げていた頃は、それは和菓子の仕事だったのです。

そんな危機的な状況にあるのに、「オリーブ大福は和菓子やない」なんて言っている場合ではありません。どんなことでも試してみる価値はある。

たまに「山本さんはヒット商品ばかり連発されますね」と言われることがあるのですが、そんなことはありえません。ヒット作の陰には、山のような失敗作がある。気づかれないよう、静かにフェードアウトさせているだけです。

ただ、危機管理は必要です。どんなに自信があっても、新商品であるかぎりは最小限のロットしか作らない。失敗してもダメージにならないよう、事前に手を打っておく。店頭で商品が足りなくなっても、それが逆に人気に火をつけるケースもあるのですから、無理はしないということです。

選ぶのはお客様です。菓子の可否を判断できる場所は、工場ではなく、店頭だということ。そこは謙虚になりつつ、何でも試してみる勇気が必要だと思います。