フランケンシュタインの大腸菌

生命1.0への道 第12回
藤崎 慎吾 プロフィール

ハイブリッドセルから大腸菌が生まれた?

さて、このハイブリッドセルは生きているのだろうか。

それを確認するために、田端さんはまず融合後もGFPがつくられ続けているかどうかを調べた。それは緑色の光が時間の経過とともに、明るくなっていくか暗くなっていくかを見ればわかる。明るくなれば、タンパク質の合成が続いているということだ。

チャンバーに入っていた液体が、ほとんど水のようなバッファーだった場合、融合後の明るさ(蛍光強度)は変化しないか、下がり気味だった。このバッファーをATPの入ったものにすると、蛍光強度の上がるハイブリッドセルが出てきた。

さらに数種のアミノ酸を加えると、やはりセルによっては蛍光強度が上がっていく。しかしATPやアミノ酸とともに、クロラムフェニコールというタンパク質合成を止めてしまう薬を入れると、明るくなるセルはまったく現れなくなった。

このことからハイブリッドセルは、タンパク質を合成できることがわかった。

次に田端さんは、チャンバーの中にプラスミドという環状のDNAを入れておき、そこにプロトプラストを融合させた。このDNAにはβ-ガラクトシダーゼという酵素をつくる遺伝子(注2)が入っていて、実際に酵素がつくられれば、試薬との反応でGFPとはまた異なる蛍光を観察できる。

注2) 大腸菌は本来この遺伝子を持っているが、融合させるプロトプラストでは、それが発現しないようになっている。

つまりDNAを読んでmRNA(伝令RNA)に転写し、その情報をもとにリボソームでタンパク質を合成するという「セントラルドグマ」が、ハイブリッドセルでも働いているかどうかを検証したのだ。するとセルはちゃんと光って、その強度も上がっていくのがわかった。したがってセントラルドグマは稼働している。

さらに田端さんは、めったにないことだが驚くべき現象を目撃した。何とハイブリッドセルから、新たな細胞らしきものが飛びだしてきたのだ(動画4~6)。

細胞壁を剥がしてしまった大腸菌の分裂装置は、もはや機能していないと思われる。しかしタンパク質や脂質の合成が進んでいって体積が増えれば、不安定になって娘細胞のようなものが千切れてきてもおかしくないと予想されていた。やはりL型菌の分裂と原理は同じである。

実際に映像を見てみると、にょろにょろと管状のものが生えてくるところが、よく似ている。第9回の動画2とも見比べてみてほしい。ただ今回の映像には不定形な細胞ばかりでなく、まさに大腸菌と同じ桿菌の形をしたものが映っているようだ。

「これはハイブリッドセルを数ヵ月培養していて、1回あるかどうかという出来事です」と田端さんは言う。「しかし複数回、見つかっているので、基本的にハイブリッドセルは、条件さえ整えば大腸菌に戻れるんじゃないかと考えています」

  動画4 はじめは1つだったハイブリッドセル(緑色の部分)から、何かが出てきて隣のチャンバーに融合してしまう(提供/田端和仁氏)
  動画5 赤丸で囲んだハイブリッドセルから、管状のものが出てくる(提供/田端和仁氏)
  動画6 赤丸で囲んだハイブリッドセルが膨れ上がって、内部に小さな細胞状のものがたくさんできている(提供/田端和仁氏)

残念ながら飛びだしてきた細胞らしきものを培養して、正体を突きとめるまでには至っていない。ハイブリッドセルを、ずっとリアルタイムに観察し続けていることはできないので、基本的には映像を撮っておいてあとから確認している。そこに分裂しているらしき状況が映っていても、出てきたものがどこへ行ってしまったか、もはやわからなくなっているのだ。

いずれにしてもハイブリッドセルは代謝をし、子孫もつくれるという可能性が濃厚になってきた。どうやら「生きている」と言っても、よさそうである。

大腸菌の中に大腸菌を入れる

ハイブリッドセルは生命の起源や進化にも、重要な示唆をもたらしてくれる。

近代微生物学の祖とも言われるルイ・パスツール(1822~95)は、有名な「白鳥の首フラスコ」実験で、微生物が自然発生しないことを示した。言い換えれば「微生物は微生物からしか生まれない」ことを証明したのである。

その場合の微生物とは、もちろん脂質二重膜だけで囲まれた細胞が想定されていただろう。しかしハイブリッドセルから大腸菌が生まれたとするなら、半分がマイクロチャンバーという人工物であってもいいことになる。

このチャンバーは、必ずしもガラス製である必要はない。実験には使いづらいだろうが、石や粘土でもかまわないのである。すると似たような状況が、40億年前にあったかもしれないことに気づく。ここで愛読者の方は第5回「もし細胞が一軒の家だったら(1)」を、思いだしていただきたい。読まれていない方は、目を通していただけるとありがたい。

ごく簡単にくり返すと、海底熱水噴出域のような場所では、鉱物の表面などに細胞サイズの穴や窪みが、無数にできることがある。その穴や窪みの中では、原始的な代謝と呼べる一連の化学反応が発生しうる。すると代謝によってできた脂質やアミノ酸の膜が、穴や窪みを屋根のように覆っていったかもしれない。そして40億年前のあるとき、代謝系を丸ごと包みこんだ膜の袋が、ポコッと穴や窪みから出ていった可能性もある。それが最初の原始的な細胞だったかもしれない。

もし、こういうことが実際に起きたのだとしたら、ハイブリッドセルから細胞らしきものが飛びだしてきた瞬間というのは、40億年前の出来事を部分的に再現していることになる。

もう一つは細胞の初期進化に関わる話だ。ちょっとエグイかもしれないので、気の弱い方は読み飛ばしていただきたい。

マイクロチャンバーの中には、サイズさえ合えば何でも入れられる。通常は特定のタンパク質とか、何かの遺伝子をコードしたDNAなどを入れるが、もちろん大腸菌そのものを丸ごと入れることもできる。大腸菌を入れて脂質二重膜で蓋をしたチャンバーに、大腸菌のプロトプラストを融合させたら、どうなるか? 当然、大腸菌の入った大腸菌のハイブリッドセルができる。入れ子状態だ。

田端さんは、実際にそういうミクロのマトリョーシカをつくった。そして観察していると(A)チャンバー内にいた大腸菌がハイブリッドセルの中身を食べて分裂するか、(B)ハイブリッドセルが中にいる大腸菌を破裂させて食べるか、どちらかが起きた(動画7、8)。つまり食うか食われるか、である。

頻度的には(A)のほうが多かった。しかも通常の培養液中にいる大腸菌に比べて、3倍以上の個体が分裂した。「つまり大腸菌の中身は大腸菌にとって、すごくいい栄養だということです」と田端さんは、にっこりしながら言う。

これを人間に置き換えて想像してみると、どうなるだろう。お腹の中の赤ん坊が母親から栄養を受け取るばかりでなく、積極的に体内を食い荒らしながら成長し、いつの間にか母親の皮だけをかぶって本人に成りすましていた……という感じだろうか。非常に怖い。いや、べつに人間に置き換える必要はないのだが、ちょっと涼しくなるかと思って書いてみた。

  動画7 大腸菌(赤い楕円形)がハイブリッドセルの中身を食べて分裂するところ(提供/田端和仁氏)
  動画8 大腸菌がハイブリッドセルの中で破裂してしまうところ(提供/田端和仁氏)

食うか食われるかという状況は、同じ大腸菌だから起きるのかもしれない。例えば枯草菌のような別種の細菌や、藍藻などを入れておいたら、むしろ共存していく可能性もある。

実際、我々のような真核生物の細胞にあるミトコンドリアや、植物細胞にある葉緑体は、もともと独立した細菌や藍藻だったという説がある。それが10~20億年ほど前、真核生物の祖先(おそらく古細菌)に飲みこまれて、しかし消化はされずに、その一部となってしまったというのである。だから細胞核のDNAとは異なる、独自のDNAを持っている。

アメリカの生物学者リン・マーギュリス(1938~2011)によって唱えられたこの「細胞内共生説」は現在、広く受け入れられているが、まだ完全に証明されたというわけではない。田端さんは合成生物学的な手法で、それを検証しようとしているのだ。その前段階というか、テスト的に大腸菌を入れてみたということらしい。

「それは入れやすかったからですか?」と聞いてみると、「まあ、ノリです」と、またにっこりして答えた。

さらに突っこんでみると、どうやら細胞内共生説の検証で終わるつもりはなさそうだ。

「ハイブリッドは別に何種類ハイブリッドであってもいいので、今回は大腸菌しか入れていませんが、さらに枯草菌を融合させるでもいいし、哺乳類の細胞を融合させるでもいいし、いろいろなものを融合させていって極端なハイブリッドをつくることもできます。

そのときにできるものは何か? それだけ混ざってしまうと、そこから(マイクロチャンバーを出て)生物に戻るということはないと思いますが、もし何かが出てくるようであれば、それはどんな生き物ですかという疑問がわいてくる」と楽しそうに語っていた。

今のところは思考実験に過ぎないようだが、この話を人間に置き換えて想像してみるのは、やめておこう。