フランケンシュタインの大腸菌

生命1.0への道 第12回
藤崎 慎吾 プロフィール

細胞のサイボーグをつくる

田端さんもフランケンシュタインと同じ野心を抱いているが、錬金術にかぶれたことがあるわけではないらしい。もともとのきっかけは、所属している研究室で開発したマイクロデバイスである。

東工大の田川さんがつくっているようなチップとは異なり、こちらは薄いガラス板だ。素材は顕微鏡のプレパラートに使うカバーグラスと同じものだという。その1.5センチメートル角くらいの板に、半導体チップをつくるのとまったく同じ方法で、ミクロン単位の穴が100万個ほど開けられている(写真3、4)。こういう微細な構造があると光が回折して、やはり無数の穴が開いているCDやDVDと同様、角度によっては虹色に光って見える。

【写真】マイクロデバイス
  写真3 田端さんの所属する研究室で開発したマイクロデバイス
【写真】マイクロデバイスの拡大図
  写真4 マイクロデバイスを顕微鏡で拡大していくと、100万個以上の小さな穴が整然と並んでいることがわかる(写真3のデバイスとはタイプが異なる)。デバイスは液体を流しこむための容器に入れられている(提供/田端和仁氏)

なぜ、このデバイスを開発したかというと、第一の目的はATP(アデノシン三リン酸)合成酵素という膜タンパク質の挙動を、その部品となっている分子一個一個の単位で調べるためだ。ATPや膜タンパク質については第8回で詳しく触れた。そこで紹介した動画を、もう一度、掲げておこう(動画1)。

  動画1 冒頭から2分経過したあたりで、ATP合成酵素の働きに関するアニメーションが始まる(https://youtu.be/R2n3MEtviOUより)

実はこの動画、東京工業大学名誉教授の吉田賢右(よしだ・まさすけ)さんらによる研究成果を紹介したものだ。吉田さんのグループは世界で初めて、ATP合成酵素がモーターのように回転していることを映像で証明した。このグループの中に、東京大学工学系研究科教授の野地博行(のじ・ひろゆき)さんが所属していた。そして田端さんは現在、野地さんの下で研究をしているのである。

マイクロデバイスの話に戻ると、100万個あるミクロの穴には細胞膜と同じ脂質二重膜で蓋をすることができる。この膜にATP合成酵素を組みこんで、動きを観察しようというわけだ。他にもさまざまな膜タンパク質を組みこんで、その働きを調べたりできるのだが、田端さんはまったく別の使いかたを思いついた。「マイクロチャンバー」と呼んでいるその穴の中に、大腸菌の中身を封じこめるのだ。

「実はマイクロチャンバー1個の容量は数フェムトリットルで、ちょうど大腸菌1匹の体積に相当します」と田端さんは言う。フェムトというのは1000兆分の1(10の-15乗)を表している。ミリ、マイクロ、ナノ、ピコと1000分の1ずつ小さくなっていって、フェムトはピコのさらに1000分の1だ。

しかもチャンバーには脂質二重膜で蓋をすることができる。これがまた好都合だった。大腸菌の細胞壁を酵素処理で剥がしてやると、細胞膜に包まれただけの状態になる。これを「プロトプラスト」と呼ぶのだが、外見としては第8回で触れた「L型菌」と同じだ。この状態でチャンバーの蓋に接触させると、どちらも同じ脂質二重膜なので融合してしまう。すると大腸菌の中身は、丸ごとチャンバー内に移るはずだ。

実際にやってみると、マイクロデバイス上には予想通り、大腸菌の中身入りチャンバーがいくつもできた。断面を見れば、蓋がレンズ状に盛り上がってマフィンっぽくなっているだろう(図1、動画2)。

「これらを我々は勝手に『ハイブリッドセル』と呼んでいます」と田端さん。「人工物と細胞が融合したもの、という意味です」

通常の細胞は細胞膜だけに囲まれているが、ハイブリッドセルの場合は一部がガラスの壁になっている。ダジャレっぽいが「細胞のサイボーグ」と言っても、いいのかもしれない。

このハイブリッドセルで、いったい何がしたいのか? すなわちフランケンシュタイン実験である。

  図1 大腸菌が入った液体を流したときのマイクロデバイスの断面(提供/田端和仁氏)
  動画2 大腸菌のプロトプラストが、マイクロチャンバーの蓋に融合していく様子を示したアニメーション(提供/田端和仁氏)

大腸菌を潰して生き返らせる

基本的に細菌は「不死」だと言われている。つまり寿命による「死」はない。生物が死ぬようになったのは、有性生殖で子孫を残すようになってからだ。我々の細胞の多くは一定の回数、分裂をくり返すと、アポトーシス(自死)といって自己崩壊するよう遺伝的にプログラムされている。しかし細菌にそのような仕組みはなく、いくらでも無限に増え続ける。

とはいえ熱湯をかけたり、紫外線を当てるなどして殺せば死ぬ。もちろんプチッと潰しても死ぬ。その潰れて出てきた中身を、すぐに脂質二重膜でできた袋――第7回ではキッチンでつくってみたこともあるベシクル――に入れてみたら、再び細菌として蘇るだろうか? パーツは全部揃っているのだから、不可能ではないかもしれない。しかし現時点では非常に難しい。理由は主に2つある。

1つは潰されて細胞膜が破れたとたん、中身が周囲の液体(通常は培養液)に拡散してしまうからだ。自分と外との境界がなくなり、無限に希釈されてしまうことが、まさに死ぬことだと言える。

「そもそも細胞の中にはタンパク質や核酸がギチギチに詰まっていて、簡単には流動しないくらいの濃度になっています」と田端さんは言う。それをATPから得たエネルギーで、積極的に動かしているらしい(注1)。逆に生きるためには、その程度の濃さが必要なわけだ。だから3倍、4倍と薄まってしまったものをベシクルに入れても、生物としての機能は果たさない。

注1)通常、流体(気体や液体)中の微粒子は、分子の熱運動によって不規則に動いている。これを「ブラウン運動」と呼ぶが、細胞の中でも同じことが起きている。しかしATPがなくなると、細胞内の流動性が極端に減少するという報告がある。するとブラウン運動でさえ、目立たなくなってしまう。

では、なるべく薄まらないように、培養液などを減らして潰せばどうだろうか。やってみたことは、あるらしい。遠心分離機を使って大腸菌だけのペレット(塊)をつくり、ちょっと乾かしたものを超音波破砕機で壊そうとした。しかし、もともとの濃度が高すぎて粘土のような状態になってしまい、壊れているのかどうかさえわからない。それをちぎって使うというのも、現実的には非常に困難だった。

逆に液体中で細胞を壊してから水分を蒸発させるという方法もあるが、結果的にはやはり粘土のようなものができて、同じくらい取り扱いが困難な状況になるそうだ。

そして、もう1つの理由は細胞膜の問題である。やはり第8回で触れたが、ベシクルの脂質二重膜はただの膜であって、内と外を分ける以外に何の機能もない(写真5)。そこに大腸菌の中身を閉じこめたところで、ミクロの標本ができるだけだ。ベシクルを本物の細胞膜とするには、栄養をとりこんだり老廃物を出したりする「穴」をはじめ、さまざまな膜タンパク質を組みこむ必要がある。

こうした困難を解決するために、うってつけだったのがマイクロチャンバーだった。

【写真】マイクロチャンバー
  写真5 第7回「簡単!合成生物学 キッチンで「細胞」をつくってみた」で、筆者がつくったベシクル(赤く染まっている部分)。この中に大腸菌の中身を入れることはできるが、生き返ることはない

大腸菌のプロトプラストがチャンバーの蓋と接触した時、実は細胞膜に一瞬、穴が開くはずだ。だから卵を割ったときのように、中身がでろんとチャンバー内に移る。しかし蓋と細胞膜とが融合するため、チャンバー外の液体中に拡散してしまうことはない。チャンバー内にも「バッファー(緩衝液)」と呼ばれる水に近い液体を入れてあるが、それと混じったとしても、せいぜい2倍に薄まるだけだ。

そして単なる脂質二重膜だった蓋は、いまや細胞膜と融合しているから、そこには大腸菌の膜タンパク質が組みこまれている。したがってハイブリッドセルは、外界との境界が部分的に人工物(ガラス)で、誕生時に少し中身が薄まっていることを除けば、1匹の大腸菌と「等価」なのだ。しかも一瞬とはいえ細胞膜が破けたことで、死んではいないかもしれないが、死にかけたくらいの経験はしている。

プロトプラストの細胞膜が脂質二重膜と融合するなら、相手はマイクロチャンバーじゃなくてベシクルでもいいのではないかと思う人はいるだろう。

おそらくその通りで融合はするのだろうが、何しろ大腸菌もベシクルも液体中にふわふわ浮いているわけで、いつどこで融合が起きるのかを特定するのは非常に難しい。たまたま大きな脂質二重膜の袋を見つけたとしても、それが融合したものなのか、もともと大きかったベシクルなのかは判別できない。

その点、マイクロチャンバーなら最初から等間隔に整然と並んでおり、そのまま動かないから、顕微鏡下で観察すればハイブリッドセルになった瞬間を明確にとらえることができる。

田端さんが使っている大腸菌には、あらかじめ緑色蛍光タンパク質(GFP)をつくる遺伝子が組みこまれており、紫外線や青色光を当てれば緑色に光る。プロトプラストの時は小さな点だが、ハイブリッドセルになるとチャンバーの大きさにパッと広がるので、一目瞭然だ(動画3)。

  動画3 マイクロチャンバーに大腸菌のプロトプラストが融合する瞬間の映像(赤丸で囲んだ部分)。明るく小さい緑色の光点が大腸菌で、チャンバーの蓋に融合すると、きれいな円形に拡散する。その後も、ぼんやりと緑色に光っている(提供/田端和仁氏)