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# 日本経済

「お年寄りの数が増えると町の高齢化が進む」はフェイクだった

実は、30代の数がとても重要だった

前回の記事(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/54164)で、世田谷区で高齢化が急速に進行しつつあると報告したところ、多くの方々から、「東京有数の憧れの住宅地である世田谷で、なぜ高齢化が進むのか」というご質問をいただいた。

この質問に答えるには、いささか遠回りになるが、高齢化が進む(つまり、高齢化率が高くなる)メカニズムにまで立ち返って考えてみる必要がありそうだ。

際立った「若い国」がいつの間に……

国連の“World Population Prospects. The 2017 Revision”(ただしわが国は『国勢調査』)によると、2015年時点の世界平均の高齢化率(65歳以上の人口の割合)は8.3%、先進7か国の平均は18.7%。わが国はG7の中でも一番高い26.6%で、まさに世界で最も高齢化が進んだ国である。

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ところが、わずか25年前の1990年、わが国の高齢化率はG7の中でカナダに次ぐ低さを示していた。さらに1980年以前は、「移民の国」であるがゆえに若さを保つカナダよりも高齢化率が低かった。

ちなみに、前回の東京オリンピックが開催された時とほぼ同じころ、1965年のわが国の高齢化率は6.3%。世界平均が5%台前半であったことや、英仏独伊の欧州先進4か国の平均がおよそ12%であったことと比べると、当時のわが国が先進国の中でも際立って「若い国」であったことが分かるだろう。

 

「先進国は高齢化率が高い」「わが国は世界で一番高齢化率が高い」「わが国の高齢化は急速に進んでいる」――この三題噺を考え合わせると、高齢化を進展させる容疑者像が浮かび上がってくる。高齢化と関連が深い要素の中で、先進国で高く、特にわが国が世界有数の高さを示し、かつ近年わが国で急上昇しているものを探せばいい。そう、平均寿命だ。

2016年の日本人の平均寿命は、男性が81.0歳、女性が87.1歳。男女とも香港に次ぐ世界第2の長寿国である。しかし1965年には、男性が67.7歳、女性でも72.9歳だった。当時、65歳になって高齢者の仲間入りを果たすことは、男性にとっては人生の終わりに近づいたことを、女性にとっても先がそれほど長くない余生に入ったことを意味していた。

長寿社会≠高齢社会

実は、平均寿命が延びることと高齢化が進むことはイコールではない。数式で表すなら、「長寿社会⊃高齢社会」。平均寿命が延びることは高齢化が進むことの必要条件ではあるが、十分条件とはならない。

世界一の長寿国(地域)である香港の高齢化率は15.1%(世銀の統計による2015年値)。世界平均と比べれば高齢化が進んでいると言えなくもないが、わが国のような超高齢社会ではない。「長寿≠高齢化」の例は国内にも見ることができる。

かつてわが国の中でもトップクラスを誇っていた沖縄県の平均寿命は、2016年には女性が47都道府県中7位、男性に至っては36位と惨憺たる結果に沈み込んでいる。ただし、平均寿命とはいま生まれたばかりのゼロ歳児の平均余命を指しており、若くして亡くなる人が多いと平均寿命は短くなる。早死にする人が多いことは、なるほど大きな問題ではあるのだが、いまや65歳はもとより、75歳の後期高齢者を迎える人もまれではなくなった。

だとしたら、社会の高齢化との対比でみる指標としては、65歳あるいは75歳の平均余命に注目すべきだろう。そう考えると、沖縄県の評価は大きく変わってくる。男性の65歳の平均余命は全国6位、75歳では2位、女性は65歳、75歳と、ともに1位。沖縄はやはり長寿県なのだ。

その沖縄県の2015年の高齢化率は19.6%。全国47都道府県で最も低い。ここには、合計特殊出生率(2016年値)が1.95と、全国平均(1.44)はもとより、他の県とも比べても頭抜けて高いという背景が存在している。よく言われるように、お年寄りが長生きしても、それを支える現役世代が多いと高齢社会の問題は深刻化せず、長寿のメリットを素直に分かち合うことができるのである。