阿川佐和子さんが両親の介護から学んだ「看る力」

イライラしたら笑っちゃおう
阿川 佐和子

「看られる側」も苦しんでいる

――お母様の介護の経験が語られる個所では、「イライラしたら笑っちゃおう」など、介護をする人にとって参考になる言葉が多く紹介されています。

阿川: 現在、認知症の症状のある母を介護していますが、母は実に明るいボケ老人なんです(笑)。

朝、母を起こそうとしても全然起きる気配がないことがありました。「起きて!」と布団をパッと剥がしたら、「あら、あんた、お化粧してるの?」と。「そういう問題じゃないから、とにかく起きて」。

起きない母とのやりとりが延々と続いたあとに「あらあんた、お化粧してるの? きれいね」って。思わず吹き出してしまいました。介護は長期戦だからこそ、イライラするところを笑いに変えるのが重要だと思います。

 

――「介護をする側」だけでなく、「介護をされる側」も苦しんでいると語られているのが印象的です。

阿川: 最初に認知症に気づくのは自分自身なのだろうと思います。家に紙袋を堆積させてしまった母と、ケンカをしながら片づけたことがありました。袋の中はほぼ紙くず。そこにメモを見つけたんです。

母の字で「どんどん忘れていく」「もうダメ、ばかばかばか」と書かれていました。その時に初めて、母自身も苦しんでいると気づいたんです。

認知症になるとさっきやったことを1分後には忘れてしまいます。周囲は「もとに戻ってほしい」という切なる思いがあるからこそ「なんで忘れるの!」と怒ってしまいます。

でも認知症の人の行動には、その人のなかでちゃんと理由があるんです。声をかけて返事がないから耳が遠くなった、徘徊し始めたから認知症が重くなったと、介護する側が自分本位に決めつけるのではなく、相手のペースや気持ちに寄り添いながら、認知症の進行とともに変わっていく相手を受け入れていきたいと思っています。

――本書の後半では、自分が「看られる」側になった時への備えについても語られています。

阿川: 定年後の男性も一人暮らしができるくらいに家事能力を鍛えましょうという話をしています。ラーメンや炒飯くらいは作ることができて、衣類の場所くらいはわかっていないと奥さんが先に逝った場合、自分の生活が保てなくなってしまいます。

また、自分が稼いできた蓄えは子供のために残しておくと考える人が多いそうですが、家族との関係を良好に保つためにこそ、自分の貯金は自分の老後のために惜しみなく遣うことも、ときには大切だと思います。

誰もが死だけは自分で選べないわけで、介護する側、介護される側、両面から検討しておくのは無駄ではないはず。体力と判断力のあるうちにいろいろと考えておくのが得策です。

(取材・文/窪木淳子)

『週刊現代』2018年9月1日号より