なぜ夏の甲子園人気は100年以上続くのか? 経済学者がひもといた

大きな問題を抱えているが…
中島 隆信 プロフィール

別の選択肢を作ることができるか

現在の高校野球は、互いに矛盾する理念のうえに絶妙なバランスをもって構築されたイベントなのである。すなわち、その構成要素のどれかひとつを取り除いても簡単に崩れてしまう脆さを持っている。

それゆえ、高校野球の一側面だけを取り上げて批判することは建設的ではない。かといってこのまま放置しておいてよいというわけでもない。

私は2つの処方箋があると考えている。

 

そのひとつは、現在の高校野球のあり方を変えるべきであるなら、国民がそれを態度で示すという方法だ。

すなわち、不健全な炎天下での高校野球の試合は見ないし、一人の投手が何百球も投げる試合を「熱闘」などと紹介する番組はボイコットすればいい。

国民の批判が高まり入場者数や視聴率が下がれば、高野連も高校野球の開催方法を変えざるを得なくなるだろう。

しかし、この方法はうまくいかない公算が高い。なぜなら、いまだに多くの国民は「高校生らしさ」に価値を見いだし、かつて「熱闘」を演じた選手たちをヒーロー扱いしているからだ。

こうした国民の反応がある以上、高校球児たちが限界を超えて頑張るのは当然といえるだろう。

〔PHOTO〕iStock

もうひとつの解決策は別の選択肢を提示することだ。

私は、高校野球を特集する番組に名の通ったプロ野球OBや現役選手が登場し、それを好意的に論評している様子に違和感を禁じ得ない。

彼らは成功者なので高校野球を懐かしく振り返ることができるだろうが、高校時代の酷使により、プロへの道を断念せざるを得なくなったりプロで成績が伸びずに若くして引退したりした選手も大勢いたはずだ。

にもかかわらず、多くのプロ野球関係者はそうした選手の存在に目をつぶり、高校野球への批判を避けている。その理由は、日本のプロ野球界が若手の育成を高校野球にただ乗りしているからである。

高校野球とプロ野球ではルールや用具も異なる。そもそもアマとプロでは野球に対する考え方や取り組み方も違って当然だ。したがって、本来であればプロ球団は自らユースチームを創設し、そこで若手の育成にカネをかけるべきだろう。

プロを目指す若者に対して、プロとはどういうものか、プロ選手はどうあるべきかについて若い頃から教えておく必要がある。だが日本で硬式野球を本格的にやりたい高校生は高野連の提供する高校野球しか選択肢がない。

頭を丸刈りにして一年中練習し、猛暑でも常に全力疾走、幻想ともいえる「高校生らしさ」を追求する道しか残されていないのである。それでいて卒業後にプロ入りすればいきなり大金が転がり込んでくる。突然の変化に戸惑い、道を誤ったとしてもおかしくはなかろう。

私はこの2番目の選択肢こそが高校野球を変えていく正しい方法だと考える。甲子園を目指して燃え尽きたいと思う高校生は、これまで通り高野連方式を選択すればいい。

他方、プロ野球選手になるための適切で合理的な指導を受けたいのであれば、プロ野球球団が運営するユースチームに入ればいい。

選択の自由が生まれることで、高校野球界になお残る理不尽な指導法や非合理的なシステムは自然と改善されていくに違いない。