なぜ夏の甲子園人気は100年以上続くのか? 経済学者がひもといた

大きな問題を抱えているが…
中島 隆信 プロフィール

100年以上前に言われていたこと

実はこうした高校野球の問題点を指摘する声は今に始まったことではない。

今から100年以上前の1911年、当時の『東京朝日新聞』は「野球と其害毒」と銘打った連載記事を22回にわたって連載した。

その内容は、「盗塁など相手を欺くスリのような遊戯だ」「練習や試合時間が長すぎる」「片方の手ばかり使い発育が偏る」「用具にカネがかかる」「学校用地のほとんどが野球に専用される」などというもので、まさに体制に批判的な朝日新聞の面目躍如たる内容となっている。

また、戦時中には、野球はアメリカ伝来の敵性スポーツであることに加え、「試合中にほとんどからだを動かさず若者の体力増進に役立たない」という理由から厳しい弾圧を受け、大会が中止に追い込まれたこともあった。

しかし、これほどの批判を受けつつも高校野球はなくならなかった。その理由は、かつての関係者たちが度重なる批判をかわすため、知恵を絞って対策を講じてきたからである。

その結果が高校野球のウリとしての「高校生らしさ」である。単なる「遊戯」ではないことを示す必要性から、ことさら練習の厳しさが強調され、試合中もキビキビした動きが求められたのである。

 

ただ、こうした付け焼き刃な対処には弊害もある。それは高校野球が最終的に何を目指しているか見えにくくなったという点だ。

たとえば、競技だからといって勝つことに徹すれば「高校生らしい」フェアプレーに反することになる。健康上の理由からオフシーズンを設ければ「センバツ」を開くことはできない。

そもそも「高校生らしさ」を売りにした巨大ビジネスであるにも関わらず、そこでのカネ儲けは固く禁じられている。つまり、高校野球の理念をすべて同時に遂行することはできないのである。

タイブレーク制度を導入したとしても、試合日程の過密さは避けられず、エースピッチャーの連投はなくならないだろう。

炎天下の試合を避けようにも、甲子園球場を使う以上、プロ野球のスケジュールとの兼ね合いや観客の入りを考えれば、8月の集中的な大会開催日程はどうみても動かせない。