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小説はオワコンか? ふたりの知識人が語る「これからの文学」の定義

『大江健三郎 柄谷行人全対話』より

近代の終焉と文学の終焉

大江健三郎 柄谷行人全対話―世界と日本と日本人』はノーベル文学賞受賞作家の大江健三郎氏(1935年生まれ)と国際的に活躍する哲学者である柄谷行人氏(1941年生まれ)の知的にエキサイティングな対談集だ。

本書に収録されている3本(「中野重治のエチカ」1994年6月7日収録、「世界と日本と日本人」1995年3月7日収録、「戦後の文学の認識と方法」1996年5月21日収録)しか大江氏と柄谷氏の対談がないことに驚いた。

2人はもう少し頻繁に会い、議論していると思っていたがそうではないようだ。作家も哲学者も、その作業は1人で行うものだ。頻繁に会って意見交換をすると、相手を批判したくてもできなくなってしまうことがある。それだから、一級の知識人は対談を避けるのであろう。

 

3本の対談は、1994~'96年の2年の間に行われている。日本ではバブルの崩壊後の景気後退期に入ると共に、経済のグローバル化の中で新自由主義が全世界を席巻しているというのが標準的な見方だった。

さらに国際関係については、東西冷戦に勝利したアメリカが全世界を自由、民主主義、市場経済といった「普遍的」(実際はアメリカ帝国主義的)世界観で覆うという見方が主流だった。

大江氏、柄谷氏は、このような常識的見解が事柄の表層しか見ていない謬見に過ぎず、むしろ今後、世界では国家の機能が高まり、帝国主義的な状況も生まれてくることを予測した。ただし、帝国主義によってグローバリゼーションが封じ込められるのではない。本来は両立し得ない原理に基づく帝国主義とグローバリゼーションがあいまい(両義的)な形で並存するのである。

大江氏も柄谷氏も小説という文学形態の終焉を強く意識している。大江氏が

〈戦争直後、日本の文学者、たとえば野間宏や大岡昇平が、それぞれ違った側面から親鸞に思いを馳せたように、小説家は、日本の哲学者あるいは社会科学者たちが成し遂げたことを文学の側面でとらえ直す必要があっただろう、あるだろうと思う。

「群像」のバックナンバーを見てもわかりますけれども、戦争直後には、哲学者や社会科学者の発言がいろいろ載りました。丸山眞男も文芸誌で文学について発言しています。渡辺一夫も発言する、林達夫も書く、ということで、一種の知的共同社会がそこにあったように思うんです。

そうしたものが、「群像」なら「群像」という雑誌の出発点を支えてもいた。日本の知識人が、まじめな対象として、哲学や社会科学とともに、文学についても考えていてくれたわけです。

ところが、現在、どういう人が文学を読んでいるんでしょうね。日本の知識人は文学を読むんでしょうか。コンピューターの本が読まれる、インターネットの本はよく読まれる。『大往生』も読まれる。『「超」勉強法』もよく読まれる。

ところが、それこそまあ僕の記憶では千五百部売れた『白鯨』を読んだ同時代のアメリカ人みたいな感じの文学のとらえ方をする読者、あるいは哲学の読者は今いるんでしょうか。それが、今僕の一番大きい心がかりなんですよ〉

と尋ねる。

大江氏の根源的な問いかけに対して柄谷氏があっさりと

〈僕はいないという気がしています。先ほど『万延元年』のことをいいました。現在、日本文学の翻訳とかいわれますけれども、今から思うと、六〇年代は英語で日本文学が一番訳されて、しかも読まれた時期です〉

と答える。

大江氏の『万延元年のフットボール』(1967年)で、何かわからないが前に向かって突き進み、わからない事柄をテキストにしていく小説という文学形態が終焉したと柄谷氏は考えている。

その後の小説は、既に起きたことを説明する形で書くようになっている。小説という文学形態が近代と共に始まったので、近代が終焉に近づいているという現実が、小説を閉塞状況に追い込んでいるという点で柄谷氏も大江氏も認識を共有していく。

もっとも文学は、未だ死に果ててはいない。なぜならば、近代は終焉期を迎えているとはいえ、当面続くからだ。