桑田真澄に5季連続甲子園を阻まれた元女房・西山秀二の伝説

甲子園レジェンドインタビュー 第4回
現代ビジネス編集部 プロフィール

のちに広島の伝説となった若手投手への愛

そのチャンスだったのは2年秋の府大会。これに勝てば選抜の可能性が大きく広がる。

「それまで全て完封できていた桑田を序盤からメッタ打ち。自分も桑田から2ランを打って、7回まで5対3でリードしていたんです。『明日は新聞の見出しや』なんてはしゃいでいたら、次の回、先頭打者にホームラン。次の桑田を歩かせて、清原と勝負したら、日生球場の場外へ2ランですわ。プロに入ってから、清原に『おまえ、あのとき、バッターボックスのオレに砂かけよった』って言われたんですけど、全然覚えてない。無意識のうちに喧嘩腰になってたんでしょうね」

 

負けん気もことごとく跳ね返され、最後の夏もベスト16で敗退。

2年生秋の府大会、PL学園戦で桑田からホームランを放つ

「おまえらの代は不幸だと言う人もいますが、史上何番目かのすごいチームと戦った実績は、プロでやっていける自信になりました。それに、桑田に負けたくないと思ったから、あのきつい練習にも耐えられたんでしょう」

そんな西山と桑田だが、プロ入り後、試合前にこんなことを話したことがあるという。

「今まで一番練習したのは、中学のあの頃だったんじゃないかってことです。授業の後、4時間練習して、帰宅して夕食後、みんなで集まってランニングしてました。自ら望んであんなに野球漬けになったことはなかったなあとうなずき合ってました」

野球人生のスタートで、完成された天才投手と出会ってしまった西山捕手。しかし、彼をプロの捕手として成長させたのはもう一人のすごい投手との出会いであった。

「広島で大野豊さんという大投手に出会ったことが大きかったですね。最初なんか捕るのが精一杯で、インサイドワークもあの人のおかげで覚えたようなもんです」

投手の力を最大限に引き出す男・西山さんについては、ひとつの思い出がある。

1990年代後半、ある年の夏、彼への取材を終えた夜、一緒に食事をしたのだが、そこに1人の後輩を連れてきた。1軍デビューはしたが、まだ負け数が先行する若手投手だった。その投手を、西山さんは「広島を背負って立つエースになる男です。お見知りおきください」と紹介した。広島の投手陣をささえる男が、その投手の力を認め、おおいに来たいしていることははっきりわかった。

その投手こそ、のちにメジャーでも活躍し、日米通算203勝を挙げ、広島カープの伝説となった黒田博樹である。