製造業を呼び戻そうとする誤り
ドナルド・トランプ大統領は、伝統的な製造業の就業者が減少しているのは望ましくないことであるとし、製造業の海外流出を食い止め、さらには流出した企業をアメリカに呼び戻そうとしています。これによって、アメリカの労働者に職を取り戻そうとしているのです。2018年3月には、中国に対して高率の関税をかけるなどの強硬策を発表しました。
しかし、「アメリカに雇用を取り戻す」と言う場合に想定されるのは、鉄鋼業や自動車産業など、80年代までアメリカの中心であった産業です。
トランプ氏は、製造業はアメリカで工場を操業せよと言います。しかし、アップルは中国での生産を変えるつもりはありません。アマゾンはAIを活用して省力化を進めようとしています。
仮にトランプ氏が言うようなことが本当に行われれば、アップルのように中国にサプライチェーン(部品などの製造メーカーから最終的な組み立てに至る供給者の連鎖)を持ち、そこで生産した製品をアメリカに輸入する企業にとっては痛手になったでしょう。
また、いまさらアメリカに鉄鋼業の工場を作って中国製の安い鉄と競争するわけにはいきません。アメリカの最大の輸入先は中国であり、中国の最大の輸出先はアメリカなのです。
制裁関税で生産はアメリカに回帰するか?
アメリカの対中貿易赤字は、2016年で3470億ドルと巨額です。トランプ大統領は、大統領選のときから、この削減が必要だと主張してきました。
それを実現する手段として、18年の3月に、知的財産権侵害を理由に、一部の中国製品に25%の関税を課す貿易制裁措置を表明しました。また、鉄鋼とアルミ製品への追加関税適用を開始しました(税率は鉄鋼が25%、アルミニウムが10%)。
鉄鋼・アルミニウム関税で、EU、カナダ、メキシコは除外されていたのですが、6月1日に導入されました。
7月には、中国からの輸入品340億ドルに対する追加関税を発動しました。これに対して、中国政府もただちに報復措置に踏み切りました。

さらに、つぎのような強硬策が検討されています。
第1に、中国の報復関税に対する追加関税として、5000億ドル超の中国製品を対象に関税を課す可能性があるとしています。そうなると、対象額は中国からのモノの輸入額を上回ることになります。
第2に、自動車や自動車部品に25%の関税をかけることを検討中と報道されています。
では、こうした政策によって、製造業がアメリカに回帰するでしょうか?
関税がもたらす経済効果としては、まず関税が課税された対象については輸入が停止し、同額だけ国内の生産が上昇することが考えられます。7月に課税された340億ドルは、アメリカのGDPの0・18%にしかなりません。したがって、この程度では、仮に国内生産が増加しても、アメリカの労働者の職が顕著に増えることにはならないでしょう。