「30過ぎたら家を買え」は、一種のマインドコントロールだった

家賃を払うよりトクでしょ?は甘すぎる

BSからトリックを見破る

では、営業マンの甘い囁きは、ほんとうに正しいのでしょうか。

このトリックも、太郎さんと花子さんの家計バランスシートを見比べれば、その仕掛けは一目瞭然です。

41ページ図①の例では、太郎さんと花子さんのバランスシートは、資産の内容(投資対象)が異なるだけで、あとはまったく同じでした。ところが今回は、ぜんぜん違います。

では、どこが違っているのでしょうか。

 

太郎さんは、1000万円の自己資金のほかに4000万円を借り入れて、合わせて5000万円の資金を不動産に投資しています。要するに、借金によって資産運用にレバレッジ(梃子)を利かせているわけです。それに対して花子さんは、自己資金の1000万円を有価証券に投資しているものの、借り入れはしていません。

ということは、太郎さんと花子さんの家計バランスシート上の違いは、持ち家か賃貸かではなく、借金をするかしないか(資産運用にレバレッジをかけるかかけないか)だということになります。試しに、花子さんが保有する1000万円の有価証券を担保に、4000万円を証券会社から借り入れたとしたら、2人のバランスシートはまったく同じになります(図③)。両者の借入金利が同じだとすれば、バランスシートに違いがない以上、そこに何らの優劣もないことは先に説明したとおりです。

そうすると、「家賃を払うより、金利を払って家を買ったほうが得ですよ」というセールストークに隠された、正確な意味が見えてきます。おそらくセールスマン自身もまったく理解していないと思いますが、これはじつは、「自己資金だけで資産運用するより、借金して投資金額を膨らませたほうが有利ですよ」ということだったのです(ここが大事なポイントです)。

あらためて断っておけば、この場合、レバレッジを利かせて大きくした資金で何に投資するかは、関係ありません。べつに、借り入れた資金で不動産に投資する必要はないわけです。そこを不動産営業マンは、「金利の支払い」と「家賃の支払い」というまったく異なる支出を同一のものとして比較してみせることで、借りたお金で不動産を購入するほかに選択肢がないかのように巧みに論理をすりかえているわけです。

これは、なかなかよく考えられたトリックです(私たちもこのことに気づくまでにずいぶん苦労しました)。実際は、次に説明するように、金利の支払いと家賃の支払いには、何の関係もありません。

家を買うのはハイリスク・ハイリターン

太郎さんと花子さんの違いが借り入れの有無だとすれば、借り入れによってレバレッジを利かせた太郎さんと、借り入れをしていない花子さんでは、どちらが有利なのでしょうか?

これも、じつは優劣はありません。

レバレッジを利かせた太郎さんは、利回りを1%向上させることによって50万円のキャッシュを得ることができます(5000万円×1%=50万円)。一方、レバレッジのない花子さんが1000万円の資金から50万円のキャッシュを得ようとしたら、5%の運用利回りを達成しなくてはなりません(1000万円×5%=50万円)。

これだけを見ると太郎さんのほうが有利なようですが、もうこんなトリックに引っかかる人はいないでしょう。利回りが1%下落すれば、太郎さんは花子さんの5倍の、50万円のキャッシュを失ってしまうことになるからです。そのうえ4000万円分の金利支払いは、運用成績に関係なく、冷酷に取り立てられます。要するに、太郎さんはレバレッジをかけた分だけ、ハイリスク・ハイリターンになったわけです。

住宅ローンを借りるということは、このように資産運用にレバレッジをかけることですから、必然的にリスクは大きくなります。このレバレッジをかけたハイリスクの状態で地価(資産価値)が下落すればどのようになるかは、考えるまでもありません。

この国では、不動産価格の20%の頭金で住宅ローンが組めるという暗黙の了解があります。5000万円の物件であれば、太郎さんのように、1000万円(2割)の頭金で4000万円(8割)の融資を受けることができるわけです。これは、頭金の4倍の借金をすることができるということですから、リスクもリターンも5倍になります(もともと1しかなかったものを、借金によって5で運用する、ということです)。

ところが最近では、頭金なしで、全額ローンで不動産を購入する、などということも行われているようです。この場合、頭金はゼロですからレバレッジ率は無限大、リスクもリターンも無限大ということになります(最大損失額はローン返済総額)。

このような、プロの相場師も真っ青になるような超ハイリスク投資を、何も知らない20代の若者にさせるわけですから、不動産営業の悪辣さは、評判の悪い商品先物業者以上です。まともな法治国家で、このような詐欺まがいの商法が許されるなどということは、常識ではとても考えられません。

こうしたセールストークに乗せられて、高いレバレッジをかけた超ハイリスクな不動産投資を何も知らずに行った結果、この国では今、自己破産者の数が過去最高を記録し、その背後にはさらに膨大な住宅ローン破綻予備軍を抱えるまでになってしまったのです。