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週刊現代 プロフィール

カーレーサーで日産初の女性社外取締役の井原慶子氏(45歳)は、幼い頃よりスポーツに親しみ、モーグルスキーの大会参加資金を稼ぐために大学生の頃、モデル業を始めた。

その一環で取り組んだレースクイーンの仕事でモータースポーツの魅力に取りつかれ、自らレースに出場。

'13年、耐久レースの世界最高峰WEC世界耐久選手権のドライバーズランキングで22位、女性では最高位を獲得し、世界最速の女性ドライバーとなった。しかし、そこまでたどり着くのは並大抵のことではなかった。

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「体調を崩してしまったのは、'07年に結婚をした頃でした。毎日のように38度の熱が出ていました。レースは、男性と同じ土俵で戦わなくてはいけませんし、体力の消耗も激しい。英国のオリンピックドクターから、自律神経失調症と診断されました」

歴史は早く動かない

レースのため渡英していた井原氏だったが、帰国することに。しかし、女性という理由から国内ではなかなか認められず、レースに出ようにもスポンサーが見つからないことが予測された。そんな井原氏を支えたのはマネージャーの言葉だった。

「英国から帰国の途に就くとき、空港までの車中でマネージャーが『欲を出しすぎると、この世界では命を落とすぞ。

KEIKOのパイオニアとしての使命はこれで十分じゃないか。一世代ですべてを成し得てしまうほど、歴史は早く動かない。アジアの次の世代をよりよくするために生きなさい』と言ってくれました。

それである意味、納得できたんです。自分ができるところまでやって後の世代にバトンをつなごう、そう考えられるようになりました。

復帰後、世界最高位を獲得することができたのは、その言葉のおかげ。崖っぷちの世界から一度降りて心身共に休むことができました」

 

日産の取締役になるにあたって、会長のカルロス・ゴーン氏には「最年少で、女性初の役員になるということなので、ぜひ日本の女性のお手本になって頑張ってほしい」と将来を嘱望されている。