「目が小さい」と言われ続けた梅沢富美男さんに、恩人がかけた言葉

有名人が明かす「私を助けてくれた人」
週刊現代 プロフィール

直木賞作家の佐藤愛子氏(94歳)は43歳の頃、夫が経営していた会社が2億円の負債を抱えて倒産。夫は夜逃げして、連絡がつかなくなった。小学校の同窓会の前日のことだった。

「昭和42年のことでした。2億円って言ったら、1枚500円の原稿料で物書きをしていた無名に近い私にとっては、ぴんとこないくらい天文学的な数字でした。さすがに力が抜けてしまいました。

子供も小さかったですし、先のことを考えると食事も喉を通らなかった。横になっても寝られない。うつ病みたいになってしまったんです」

 

そのまま何も考えられずに小学校の同窓会の日を迎えた佐藤氏。突然降りかかってきた借金の話に身体がへたってしまい、行きつけの整体へ向かった。

「これまでずっとお世話になっていた整体の名手、臼井栄子先生のもとへ行ったんです。臼井先生は、日本の整体指導者で野口整体の創始者野口晴哉先生から最高段位九段位を唯一認められた一番弟子の先生でした。

そこで私は、臼井先生から私の人生を決定づける言葉をいただいたんです。先生は背骨を触るなり『佐藤さん、背骨の調子がいつもと違います。一体何があったんですか』と言われました。事情を話したところ、先生は治療にとりかかり、私に言いました。

『佐藤さん、苦しいことが起きたら人は逃げようとする。でもね、逃げると物事はもっと苦しくなる。だから逃げないで正面から受け止める。

無理をしてでも受け止めたほうが結果的に楽ですよ。これからその同窓会に行きなさい。行きたくなくても行きなさい。それが逃げないことへの第一歩になります』

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私は、先生を尊敬していたので、そのとき同窓会へ行こうと決心し、治療を終えたその足で同窓会に向かいました。

みんなが『佐藤さん遅かったね。どうしてたの?』と聞くものだから、事情を話すと『亭主の会社が倒産したのに、よく同窓会にきたね』と驚いていました。

でも逆に、『人がしないことをする力が自分にはあるんだな』と思いましてね。そこから私の進撃は始まったのです」

後に、佐藤氏はこの体験を『戦いすんで日が暮れて』で小説にし、直木賞を受賞した。時代は高度経済成長期。講演会の収入などで無事、借金を返すことができたという。

「あの体験と向き合うことができたからこそ、作家として生きてこられた。人生、損得勘定じゃないということを教えてもらいました」