元官僚だからこそ分かる「サマータイム導入議論」のバカバカしさ

過去に起こったことを見れば答えは明快

導入賛成派の目論見

安倍晋三総理は7日午前、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長と首相官邸で会談し、大会期間中の暑さ対策として、サマータイム(夏時間)の導入を検討するよう自民党に指示する意向を示した。

森会長は、先月27日にも官邸を訪れている。安倍総理としては、森会長のお願いを門前払いもできないので、政府として直ちに検討するのではなく、自民党で検討する、と応じたのだろう。

というのは、政府内ではサマータイムについて慎重な見方があるからだ。菅義偉官房長官は7日午前の記者会見で「国民の日常生活に影響が生じるものであり、大会までの期間があと2年と限られている」と発言し、慎重な考えを改めて示している。なお、自民党内の導入賛成派は、2年間限定で夏の時間を2時間繰り上げるサマータイム導入について、秋の臨時国会に議員立法で提出する、と目論んでいる。

 

以上の政治プロセスをみていると、サマータイムについては、安倍総理が自ら発言することなく、自民党で検討させるとしているので、実現可能性はそれほど高いとは言えないだろう。ただ、これもいい機会だ。官僚時代の自分の体験も踏まえて、これまでの日本でのサマータイム議論の経緯、世界の状況、メリットとデメリットを見ておこう。

サマータイムについては、これまで日本で何度も議論されている。筆者が役人になった以降でも、1980年代後半、2000年代初め、2011年の東日本大震災後、と3度も議論されている。

そもそも日本では、戦後連合国軍の占領下で1948年から51年まで4シーズンもサマータイムが実施されていた。当時の国会議事録をみると、「夏時間法案」として、1948年4月26日の衆労働委員会で、政府委員から、

「きわめて合理的だ」という提案理由があり、翌27日には衆院本会議で、28日には参院本会議で可決している。

その内容は、「四月第一土曜午後十二時から九月第二土曜日に次ぐ日曜日午前零時までの期間を中央標準時より一時間ずつ繰下げた時刻を夏時間とする」というものだ。

ところがサマータイム実施後、各方面から苦情が来るようになる。そこで、政府は、1950年に夏時間の開始を四月の第一土曜から五月の第一土曜へ修正する法案を提出し、それを衆参国会で可決する。このとき、参院労働委員会で公聴会が開かれたが、11人の公述人のうち反対者が4名いた。

その後、夏時刻法廃止の請願が相次ぐようになる。結局、1952年3月28日の衆院本会議において、夏時刻法を廃止する法律案が緊急動議され、一気に可決された。4月4日の参院本会議でも同廃止法案は可決された。そのときの労働委員会委員長報告は、

「国民の実情生活に合わない」と記されていたのであった。

ハッキリ言えば、サマータイムの論点は、66年前の国会審議でほぼ尽くされている。つまり、省エネになるかもしれないが、一方で労働者の過労の原因となって、効率性をかえって低下させる、というわけだ。

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