戦争で片足を奪われても「政府の謝罪も補償もナシ」という日本の現実

戦後73年、残された時間は少ない
大前 治 プロフィール

なぜ元軍人だけを補償するのか

なぜ元軍人だけを補償の対象とするのか。日本政府の考えは次の国会答弁に示されている。

厚生省援護局・高木玄局長
戦争で犠牲に遭われた方への国家補償の制度としては、国と使用関係にあった者またはそれに準ずる者を対象としています。それ以外の、一般戦災者への援護は、国家補償ではなく政策の問題でございます。(1973年7月3日・参議院社会労働委員会)

戦争被害への補償を受けられるか否かは、「国と使用(雇用)関係にあったか」で決められる。雇用された軍人や軍属には補償をするが、一般市民への補償はしない。それが政府の姿勢である。

これは不合理ではないだろうか。日本政府が戦争を始めなければ、一般市民が被害に遭うことはなかった。それだけでも、政府が補償をするべき十分な理由となる。

ましてや、軍人でも公務員でもない一般市民は、危険な業務命令に服する立場にはなく、危険に身を投じる対価としての給与や手当を受け取っていない。受けなくてよいはずの被害を受けたのだから、真っ先に国家補償が支払われるべきである。

 

「戦争損害は受忍せよ」という論理

もう一つ、政府が戦争被害の補償を拒んできた理由がある。「戦争損害は受忍するべき」という論理である。

今から50年前の最高裁判決が次のように述べている。

戦争中から戦後占領時代にかけての国の存亡にかかわる非常事態にあっては、国民のすべてが、多かれ少なかれ、その生命・身体・財産の犠牲を堪え忍ぶべく余儀なくされていたのであって、これらの犠牲は、いずれも、戦争犠牲または戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであり、・・・これに対する補償は、憲法の全く予想しないところというべきである。(1968年11月27日判決/在外資産補償請求事件)

なぜ補償を求めてはいけないのか。答えは、犠牲を堪え忍ぶべきだからである。これは、問いをもって問いに答えているに等しい。なぜ堪え忍ぶべきなのか、その理由は実質的に語られていない。

ここは、逆に考えたい。戦時中は生命の犠牲さえも堪え忍ぶことを余儀なくされた。そんな酷い状況に追い込んだのは政府である。だからこそ、戦後において犠牲に対する補償が必要となるのではないだろうか。

「戦争に協力せよ、国民は堪え忍べ」という戦争遂行者の論理を、戦後にまで貫く必要はない。

しかも、全国民が「ひとしく受忍」せよと言うが、元軍人は補償を受けている。一般市民と元軍人の間には不平等が横たわっている。全く「ひとしく」ないのである。

「受忍せよ」という判決は、名古屋大空襲の被害者が賠償を求めた訴訟(最高裁・1987年6月26日判決)などで踏襲され、補償を求める人々にとって長らく厚い壁となっていた。