日本人は本当に「ウォーギルトプログラム」でGHQに洗脳されたのか

「戦争の有罪性」がもつ真の意味
賀茂 道子 プロフィール

「残虐行為」を自覚していなかった日本

「太平洋戦争史」と「真相はこうだ」で重要視された日本軍の残虐行為とは、捕虜虐待と占領地での住民虐殺などを指し、具体的には、バターン死の行進、南京虐殺、マニラの虐殺などである。これらの行為は、連合国内では強く非難されており、特に捕虜虐待は自国の兵士の身に降りかかる問題として関心が高かった。

ところが、日本では残虐行為について全く報じられていないばかりか、それを戦後に占領軍が発表しても「信じられない」との声が多数を占めた。それだけではなく、先にも述べた、外務省による原爆投下批判の国際世論形成の企てが発覚し、さらに新聞は占領軍の日本での犯罪を大々的に報じていた。

自らが「絶対悪」と考える捕虜虐待をはじめとする残虐行為に対し、全く反省の色がないばかりか、逆に占領軍の犯した罪を追及する――こうした日本の姿勢に対し、連合国はなんらかの手立てを講じなければならないと考えた。そのため、「ウォー・ギルト・プログラム」開始当初、残虐行為の暴露とその罪を理解させることに力がそそがれていたのも当然であろう。

捕虜虐待に関しては、日米間で大きな認識の差があった。そもそも日本兵も十分な食料を与えられておらず、また殴る蹴るといった暴力行為は、日本では捕虜に対してだけでなく、自国の兵士に対しても頻繁に行われていたばかりか、通常の社会生活でも当たり前にみられた行為であった。日本軍では捕虜になることが禁じられていたため、おのずと捕虜に対する待遇も厳しいものとなった。

前回の「戦後日本人の思考回路を作った?対日宣伝工作の真実」で紹介したように、「ウォー・ギルト・プログラム」で追及された残虐行為は、捕虜虐待のような敵兵に対する行為だけではなかった。

勝てないとわかっていても投降を許さなかったこと、傷ついた兵士を見捨てたこと、自決を強要したことなど、自国の兵士に対する非人道的な扱いや、占領地住民に残虐行為を行ったことで国際社会での日本の評価を落としたことなどを、「日本人に対する罪」として糾弾していた。

また、たとえ上官に命令されて行った行為だとしても、罪であることには変わらないとしていた。つまり「ウォー・ギルト・プログラム」で追及された残虐行為の罪とは、戦時国際法違反といった法的な観点だけでなく、「暴力はどのような状況においても罪である」という人道的な観点も伴っていたことになる。

 

変わりゆくプログラム

「ウォー・ギルト・プログラム」といえば、「太平洋戦争史」および「真相はこうだ」のイメージが強いかもしれないが、この2つは1945年末から1946年初めにかけての、プログラムの開始当初に行われた施策である。

実はプログラムでは、この2つが終了した後、その質・量ともに大きな変化が起こった。

当初の心配をよそに、占領は軌道に乗り日本の政治形態の骨格も完成しつつあった。そのため、当初あった「敗戦の真実」を理解させる必要性は消滅した。