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日本人は本当に「ウォーギルトプログラム」でGHQに洗脳されたのか

「戦争の有罪性」がもつ真の意味

太平洋戦争終結後、日本を占領した連合国とGHQは、「ウォー・ギルト・プログラム」という「洗脳政策」をとり、日本人に罪の意識を植えつけた――そんな俗説がいまも根強く残っている。この見方は、はたして正しいのだろうか?

膨大な資料にもとづき、従来の説に一石を投じる『ウォー・ギルト・プログラム』を上梓した賀茂道子氏が、あの戦争で日本が犯した「罪」の実像を解き明かす。

日本が「無条件降伏」を突きつけられた理由

今年も8月15日がやってきた。今から73年前のこの日、国民の多くが、天皇の玉音放送によって敗戦の事実を知った。それ以来、8月15日は終戦記念日として日本人の心に深く刻み込まれている。

しかし、実は、国際法上の日本の敗戦の日は、降伏文書に署名した9月2日であり、また、ポツダム宣言を受諾したのは8月14日である。こうした事実は意外と知られていない。

日本の終戦にまつわる話でもう一つ誤解されているのが、「無条件降伏」である。当時は「無条件降伏」に関する国際法上の定まったルールがなく、非常にあいまいな概念であった。

それまでは、国家間の戦争を終結する場合、一旦休戦協定を結んで戦闘を中止したうえで、戦争終結の条件を話し合い、その後に講和条約を結ぶという方式が採られていた。これに対し、「無条件降伏」は勝者による一方的な戦争終結であり、近代国家間の戦争において初めて採られた方式であった。

国際法は条約や慣習法(法として認められた一般慣行)などからなる。つまり、それまでの終結方式とは異なる「無条件降伏」という方式には、国際社会で認知された明確な規定がなかったのである。

連合国が日本とドイツに対して「無条件降伏」を要求した背景には、第一次世界大戦でのドイツの戦争終結に対する悔根があった。

第一次世界大戦に敗れたドイツは、休戦協定から講和条約という通常の方式で戦争を終結した。だが、その後ナチスが、「実は我々は敗けていないのに、内部の裏切りによって講和条約を結ぶことになった」といった言説を流布し、それが再度の軍事的台頭へとつながった。

こうしたことから、第二次世界大戦においては、誰の目から見ても日本やドイツの敗戦が明らかであることを示す必要性が生じた。つまり、「無条件降伏」とは、完全敗北を示すための一種のスローガンのようなものと言えるだろう。

 

「ウォー・ギルト・プログラム」とは何か

日本人の終戦に関する認識が、国際法上のそれとは異なるという話を冒頭でしたのは、こうした認識の違いが、ある一つの占領政策につながったことを紹介するためである。その政策は、「ウォー・ギルト(War Guilt)・プログラム」という。

「ウォー・ギルト・プログラム」は、評論家の江藤淳(1932-1999)によって初めて世に紹介された。

江藤の主張は、「このプログラムにより日本人が洗脳された」というものであった。その後、この主張は検証されないままに独り歩きを続け、「日本人はGHQによって侵略戦争史観を植え付けられ、それが近隣諸国との間で起こっている歴史認識問題に影響を与えている」との言説が、一部保守層によって支持されている。

もちろん、この言説は学術研究をベースとしたものではない。当然これに対し、陰謀論であるとの声も存在するが、こちらも学術研究を基にした反論ではない。

筆者がこのプログラムの研究を開始した背景には、こうした学術研究によらない身勝手な議論が行われていることに対する違和感があった。そのためにまず、いつ、何が、どのように、なぜ行われたのかを一次資料を基に整理し、事実の解明に取り組むことが必要と考えた。

その結果、次のような終戦から占領開始当初にかけての日米の認識の差が、プログラム開始の背景にあったことが明らかとなった。