あなたが必死になる「脳トレ」が無意味かもしれない科学的理由

ラボ・フェイク 第7回
伊与原 新 プロフィール

脳研究者の中にも、研究結果について、飛躍のある解釈や過度なリップサービスをする者が大勢いる。当然ながら、それを伝えるメディアはもっとひどい。

『ニューヨーク・タイムス』が、「あなたは本当にiPhoneを愛している」という記事を掲載したことがある。ある研究で、iPhoneが鳴っている動画を被験者たちに見せながら脳をスキャンすると、愛や共感などの感情に関係する大脳皮質の「」という部位が活性化したというのだ。

ところがである。まったく別の研究で、ある人物の写真を被験者に見せたところ、やはり「島」が活性化した。これを実施した研究者は、「被験者は写真の人物に嫌悪感を抱いている」と結論したのだ。どういうことか。

つまり、「島」にはたくさんの働きがあるのだ。愛、信頼、共感などの肯定的な感情から、嫌悪、怒り、痛みといった否定的なものまで。fMRI画像で「島」が光っていたとしても、そのときの心の内を読み取ることはできない。

これは「島」という部位に限ったことではないし、「感情」という機能に限った話でもない。脳領域とその働きは、一対一の対応関係にない。一つの脳領域は、様々な思考、行動、感情に関与している。ある思考、行動、感情の起源を、一つの脳領域に求めることもできない。

いくら脳スキャン画像を見ても、その人の能力や性格はわからない。何を考えているかも読めないし、行動を予測することも不可能。現状では、精神疾患の診断を下すことさえできないのだ。

 

今から200年ほど前、欧米で「骨相学」というニセ科学がブームになった。ドイツの解剖学者、フランツ・ヨーゼフ・ガルが提唱したこの"学問"では、頭蓋骨の凹凸を調べることで個人の能力や性格がわかるとされた。人々はこぞって骨相学者のもとを訪ね、自分に合った仕事や結婚相手について助言を求めた。

[写真]骨相学の生みの親、フランツ・ヨーゼフ・ガル(Photo by GettyImages)骨相学の生みの親、フランツ・ヨーゼフ・ガル(Photo by GettyImages)

「脳スキャン画像で〇〇がわかる」という主張に接したときは、ひと呼吸おいて考えてみたほうがいい。それが本物の脳科学なのか、現代風にアレンジされた骨相学に過ぎないのかということを。

[写真]骨相学者の意見を求めて、自分の「頭」を見せに集まる「患者」たち。ガルが生きた1800年代前半の風俗画から(Photo by GettyImages)骨相学者の意見を求めて、自分の「頭」を見せに集まる「患者」たち。ガルが生きた1800年代前半の風俗画から(Photo by GettyImages)
[書影]ニセ科学の闇に切り込むミステリ『コンタミ』ニセ科学の闇に切り込むミステリ『コンタミ』

参考文献(第6回、第7回)
『脳ブームの迷信』藤田一郎著 飛鳥新社(2009)
『脳科学の真実 脳研究者は何を考えているか』坂井克之著 河出書房新社(2009)
『謎解き 超科学』ASIOS著 彩図社(2013)
『その〈脳科学〉にご用心 脳画像で心はわかるのか』サリー・サテル、スコット・O・リリエンフェルド著 柴田裕之訳 紀伊國屋書店(2015)
「脳科学とどうつきあうか -ニセ脳科学にだまされないために」鈴木貴之『季刊理科の探検』 春号 SAMA企画(2014)
「脳をめぐる怪しい科学、ニセ科学 〜神経神話、ゲーム脳、脳トレ〜」左巻健男『RikaTan(理科の探検)』4月号 SAMA企画(2018)
「トランスジェンダーの子どもたち」K・R・オルソン『日経サイエンス』47巻12号 日経サイエンス社(2017)
「曖昧になる男女の境界」ロビン・マランツ・ヘニグ『ナショナルジオグラフィック日本版』23巻1号 日経ナショナルジオグラフィック社(2017)
針間克己 性同一性障害 脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/性同一性障害(2014)
「人種と遺伝子」エリザベス・コルバート『ナショナルジオグラフィック日本版』24巻4号 日経ナショナルジオグラフィック社(2018)
「『私たち』と『彼ら』 対立の心理学」デビッド・ベレビー『ナショナルジオグラフィック日本版』24巻4号 日経ナショナルジオグラフィック社(2018)
「男女の脳はどれほど違う?」L・デンワース『日経サイエンス』47巻12号 日経サイエンス社(2017)
「『男と女のどちらを好きになるか』は育つ環境で決まる?」ニューズウィーク日本版
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/05/post-7544.php
「やっぱり違う 男と女の脳」L・カーヒル『日経サイエンス』35巻8号 日経サイエンス社(2005)
「右脳の天才 サヴァン症候群の謎」D・A・トレッファート、G・L・ウォレス『日経サイエンス』32巻9号 日経サイエンス社(2002)
「既成概念をオフ サヴァンに学ぶ独創のヒント」A・W・スナイダー、S・エルウッド、R・P・チー『日経サイエンス』43巻6号 日経サイエンス社(2013)
「脳を電磁刺激する」M・S・ジョージ『日経サイエンス』33巻12号 日経サイエンス社(2003)
「ある日目覚めた天才 後天性サヴァン症候群」D・A・トレッファート『日経サイエンス』45巻2号 日経サイエンス社(2015)
「脳科学ブームと擬似脳科学」鈴木貴之『社会と倫理』25号(2011)
「スマホは若者の心に有害か」C・フローラ『日経サイエンス』48巻5号 日経サイエンス社(2018)