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「右脳の天才」を作り出す!?
現在(2018年8月)放送中のテレビドラマに、驚異的な記憶力を持つ「サヴァン症候群」の医師が主人公のものがある。サヴァンの人々は、知的障害や発達障害を抱えながら、記憶、芸術、計算など特定の分野において超人的な能力を示す。
映画『レインマン』でダスティン・ホフマンが演じたサヴァンのモデルとなった男性は、7600冊以上の本を丸ごと暗記している上に、年月日を指定すると瞬時にそれが何曜日か言い当てたという。
![[写真]映画『レインマン』のプレミアで、サヴァン症候群の役に成り切り、弟役のトム・クルーズに寄り添う俳優ダスティン・ホフマン(Photo by GettyImages)](https://gendai.ismcdn.jp/mwimgs/b/6/800/img_b6a59401be5c53b8bc9f4457c5aa362927345.jpg)
信じられないような実例はいくらでもある。ピアノのレッスンを一度も受けたことがないにもかかわらず、数時間前に初めて聴いたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を完璧に弾きこなす。一瞬見ただけの風景を、写真のような正確さで絵に再現する。時刻を訊ねれば、時計を見ずに秒まで正確に答えてのける。
いずれも直感的で、高度な思考によらない能力だ。これらの大半が主として右脳の活動によるものであることから、サヴァンの人々はときに「右脳の天才」と呼ばれる。事実、彼らの多くに先天的な左脳の機能障害が見られるらしい。
とはいえ、サヴァンの人々の脳も構造的には我々の脳と同じはずだ。それを思うたび、私は戦慄する。脳というのは誰のものでも、そうした能力をポテンシャルとして秘めた恐るべき臓器なのだ。その意味では、「脳は10%しか使われていない」という言説にも一片の真実があるような気がしてくる。
さらに興味深いのは、ごく普通の人でも、左脳に何らかの損傷を受けると、突如として特殊な能力が出現するケースが稀にあるということだ。「後天性サヴァン症候群」である。
一部の研究者はこう考えている。左脳は言わば認知の"フィルター"であり、重要な情報だけを意識に上げることで脳の働きを効率化している。左脳の損傷によってそのフィルターがはずれると、あらゆる外部刺激が情報として右脳に行き渡り、その能力が解放されるのだ、と。
では、我々の右脳に潜むサヴァン的な能力を、左脳に害を及ぼすことなく引き出すことはできないだろうか。オーストラリアの研究グループが、その試みを続けている。頭部にコイルや電極パッドを当てて磁気や電気の刺激を加え、左脳の神経活動を一時的に抑えるという実験だ。
電気刺激を与えた被験者(試験群)に難解なパズル問題を解かせたところ、与えなかった被験者(対照群)に比べて有意な成績の上昇が見られた、とその研究グループは主張している。だが、説得力のあるデータが十分得られているとは言いがたい。他の脳研究者たちからは、見込みのない試みだと醒めた目で見られているようだ。
これとやや似たものに、「神のヘルメット」として有名な研究がある。カナダの脳研究者、マイケル・パーシンガー氏によるこの実験では、被験者がコイルのついたヘルメットをかぶる。コイルが発する磁場で右脳の側頭葉を刺激してやると、8割以上の被験者が「神の存在を感じる」などの神秘体験をしたというのだ。
当時の欧米メディアは、「神のヘルメット」が見せた"奇跡"をセンセーショナルに報じた。しかし、今この話がかえりみられることはほとんどない。のちにおこなわれた二重盲検法による追試で、被験者の神秘体験はプラセボ効果によるものであることが判明したのだ。
パーシンガー氏本人は、自説を取り下げるどころか、神秘体験を深める装置として「神のヘルメット」を3万円ほどで販売している。少なくともその商品に関しては、ニセ科学であると言わざるをえないだろう。
私には、この「神のヘルメット」が、オウム真理教の信者たちがかぶっていた「ヘッドギア」に重なって見える。たとえそれがプラセボ効果でも、こうした装置には「何かを信じたい人々」を洗脳する力が十分あるということなのだ。
![[写真]脳のどの部位がどんな思考をつかさどるのか? この17世紀の絵画には「神の存在を感じる」領域が示されている(Photo by GettyImages)](https://gendai.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/800/img_aa96230a4d7cbd1166d396e3a0c14b77330585.jpg)