閲覧注意…『進撃の巨人』の元ネタになったとも言われる衝撃事件

本当にあった封印事件②
長江 俊和 プロフィール

そんな生活が、25年も続けられたのだ。性欲が旺盛だったという二人は、8人の息子と6人の娘を儲けた。さらに子供たちが近親相姦を繰り返し、孫息子が18人、孫娘が14人と、ビーンの一家の数は25年の間に、計48人の家族となっていた。

家族の人数が増加するにつれ、人殺しの回数も増えてゆく。空腹の子供たちの、腹を満たしてやらなければならないからだ。一家が25年間で殺害した被害者の数は、1500人以上にも及んだという。

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捕らわれたビーンら一家は、全員に死刑が宣告された。殺された旅人たちの報復のため、彼らは残虐な方法で刑に処されることになった。女たちはこれを見るよう強制され、その後、生きたまま火に炙られ、焼き殺された。ソニー・ビーンとその家族たちは、命果てるまで、呪いの言葉を吐き続けたという。

ソニー・ビーン事件は、当時の公文書などに記録が残されていない。歴史家の中には、この事件は現実に起こった出来事ではないと考える者もいる。だが記録が残っていないのは、あまりにも残虐な事件だったため、当時のスコットランド王朝が全ての記録を削除し、封印したという説もある。

バニシェフスキー事件

この事件も、ソニー・ビーン事件に負けず劣らず、胸くその悪くなる事件である。アメリカの作家ジャック・ケッチャムが、この事件をもとに、『隣の家の少女』という恐怖小説を上梓している。

1965年9月、アメリカ・インディアナ州で暮らすバニシェフスキーは、シルヴィア(当時16歳)とジェニー(当時15歳)の姉妹を預かることになった。バニシェフスキーは7人の子供を育てる、35歳のシングルマザーである。

当初姉妹は、バニシェフスキーらと友好的な関係を築いていたのだが、ある日その状況は一変する。姉妹の養育費の支払いが、期日までに振り込まれなかったのだ。「性根をたたき直してやる」。そう言うと、バニシェフスキーは姉妹を殴打した。

二人の養育費は1日遅れて振り込まれたのだが、姉妹への虐待は終わることはなかった。彼女は自分の7人の子供たちにも、二人に制裁を与えるよう指示する。子供らは母に従い、姉妹の身体をコンクリートの壁に打ち付けたり、階段から突き落とすなどの行為を加えるようになった。

 

ある日、シルヴィアにボーイフレンドがいると知ると、バニシェフスキーは烈火の如く怒り出した。妊娠していると決めつけ、性器を何度も蹴りつけた。淫売と罵り、何時間も説教が続いたという。そのうち、近所の子供も面白がって、シルヴィアの虐待に参加するようになった。さらに、妹のジェニーにまで姉の虐待に参加するように強要した。

バニシェスフスキーの虐待は、さらにエスカレートしてゆく。シルヴィアの服と下着を脱がせ、ストリップを踊らせた。全裸の身体に煙草の火を何度も押しつけたこともあった。彼女の身体は傷だらけで、目も当てられないような姿となる。

バニシェフスキーは、彼女を地下室に閉じ込めることにした。入浴と称して、熱湯をかけて、火傷した箇所に塩を塗り込んだ。食事をほとんど与えず、排泄物を食べるように命令したこともあったという。 

妹のジェニーは、バニシェフスキーの目を盗んで、もう一人の姉のダイアナに助けを請う手紙を書いた。手紙を読んだダイアナは、バニシェフスキーの家を訪れる。だが、家中探しても、シルヴィアの姿が見当たらない。不審に思いバニシェフスキーに聞くと、「シルヴィアは悪い子だった。叱ったら家を飛び出して、どこかへ行ってしまったんだ」と言う。

ダイアナは、ソーシャルワーカーに相談することにした。依頼を受けたソーシャルワーカーは、バニシェフスキーの家を訪問する。ジェニーに姉の行方を尋ねるが、彼女は「バニシュエフスキーの言うとおりだ。姉は叱られて、家を出て行った」と言う。

もちろんジェニーの証言は真実ではなかった。「本当のことを言うと、姉のようになる」と、バニシェフスキーから脅迫されていたのだ。だが、ソーシャルワーカーはそのことが見抜けず、調査を終了させて帰ってしまった。