18歳ぼんくら処女、将来の事を1ミリも計画しないまま上京す。

駄青春日記~マヌケな地獄の黙示録〜①
王谷 晶 プロフィール

見た目に関する感受性の低さ

T県人寮はけっこう大きな建物で、3階建てでコの字型の、一見古い学校みたいに見えるそっけない佇まいをしていた。砂利が敷いてあるだけの中庭を挟んで女子寮と男子寮に分かれ、その間を繋ぐ部分に男女別の勉強室、食堂、風呂場などが入っている。

築40年以上が経過していて、部屋の中の設備は作り付けの畳ベッドと机と物置、それにコンセントが二口。冷暖房はなく、テレビのアンテナ端子もない。ミレニアム前だとしてもだいぶ粗末な部屋だった。実際、同室になった女子とその親御さんは部屋を見てかなり不安そうな顔をしていた。彼女らの自宅はもっとずっと「ふつう」だったのだろう。

 

入学式、そしてオリエンテーション。どんどん始まる新生活イベントにテンションは上がり続ける。新しい土地、新しい暮らし。田舎ではボロクソだった私の評価もここなら絶対赤マル急上昇間違いなし(昭和生まれです)。

だってここは、東京だから。私はそもそも東京で生まれたんだし(生まれて2年で引っ越したけど)、あのクソ田舎におさまるような人間じゃ絶対ないんだから。東京に来さえすれば、後は輝かしい未来が約束されている。

友達、いや仲間がたくさんできて、クラブとか行って、オシャレなアーティストになって成功するに違いない。なんのアーティストになるかは分からんけど、違いない。そうに決まってる。だって東京に出てきたんだからさ!

というわけで学内でも最もオシャレそうなグラフィックデザイン科に入った私だったが、1週間もしないうちにクラスの中で思い切り浮いている自分に気付かざるを得なかった。高校までは制服だったが、当たり前だが専門は私服だ。女の子たちはみんなきれいにメイクをして、髪をぴかぴかに梳かし、おしゃれな服装で学校に来ていた。

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私は中学の時から愛用していた潰れたハンバーガーみたいなこ汚いトレッキングシューズにジーンズメイトで買ったGパンと男物のTシャツとネルシャツ、ぼさぼさのショートカットに銀縁の巨大眼鏡、当然ノーメイクでムダ毛も生やしっぱなしかつ体型は小太りという出で立ちだった。女子校時代はあんなに友達がたくさんいたのに、専門の女の子たちは挨拶どころか目を合わせることもままならなかった。

最初の1週間は、ほぼ講師以外と喋らずただ授業を受けて寮に帰る日々が続いた。悩んだ。他の女の子たちと自分が何か違うのには気づいていたが、どこがどう違うのかサッパリ分からなかったのだ。

ウソみたいな話だけど、これだけ一目瞭然、つまり見た目がまったく違うのに、その時の私には具体的な相違点がまるで分からなかった。外見やファッションに対する審美眼や比較意識みたいなものがぜんぜん発達していなかったのだ。同じ人間の女なのにどうしてこう遠巻きにされるんだろう、くらいに思っていた。

その疑問もまあ、間違ってはいない。いないんだけど、この見た目に関する感受性の低さは、のちにさまざまなトラブルを招くことになる。