なぜドイツ政府は「送電線会社」の株を10億ユーロで買ったのか

その後どうするつもりかは不明だが…
川口 マーン 惠美 プロフィール

産業界やメディアは反発

KfW銀行は、戦後、米国からのマーシャルプランの資金をドイツ国内で配分するために設立された銀行だ。だから、復興金融公庫という。金融公庫としては世界一の規模で、現在、同銀行の管理委員の長が、アルトマイヤー大臣。

そのKfWがEliaに支払った金額は、9億7650万ユーロ(約1270億円)と言われる。中国がオファーしていた額に匹敵させたので、割高なのだそうだ。

KfWの原資は税金なので、ドイツ国民にしてみれば、知らない間に10億ユーロ近い買い物をさせられたことになる。しかし、ドイツ政府としては、どれだけお金がかかろうが、50Hertzの株を20%も中国に渡すわけにはいかなかったらしい。なぜか?

アルトマイヤー大臣〔PHOTO〕gettyimages

現在、デジタル化が進み、あらゆるものがサイバー攻撃の危険に晒されている。発電所や送電線は最重要施設なので、ハッキングの標的になりやすい。今年の6月、BSI(情報技術の安全のための連邦局)も、「ドイツのエネルギー企業に対する世界的なサイバー攻撃の脅威は急増している」「ハッキングが成功するのは時間の問題」と怖い予言を発したばかりだ。

そこでドイツ政府は、サイバー攻撃やブラックアウトに対する警戒を強めている。危機管理のシナリオ作成には、BSI、諜報機関、警察などの他、電力会社や送電会社も加わる。ところが、その送電会社の大口株主が中国では、作戦の内容がすべて中国に筒抜けとなってしまう……。

しかし、理由はどうあれ、中国は怒った。なぜ、オーストラリアは良くて、中国はダメなのかということだ。

そのうえ、EUはこれまで、中国の閉鎖的な市場や、中国政府の市場への介入などを批判してきた。それどころか中国は、今年6月、EUの強い要請で、中国市場での送電部門における外国資本参入への制限を外したばかりだ。当然、「我が国がエネルギー市場を段階的に解放していく傍らで、ドイツはまさにその反対のことをしている!」となる。

 

EU国には、非EU国の投資が国益に抵触すると判断した場合、審査する権利がある。ただし、それは25%以上の投資の場合と決められているので、今回の中国には使えなかった。そこで、このような離れ業になったようだが、メルケル首相はいつも中国のことを「ドイツにとって一番大切な国」とまで言っていたのだから、余計にちぐはぐする。

案の定、中国は、ドイツに対して堂々と、「透明でオープンな市場」を要求し始めた。いつもとは立場が逆だ。在ドイツの中国商工会議所は、「ドイツは、すべての企業を公正に扱うという決まりにも、自由貿易の原則にも違反している」と声高に非難している。

また、ドイツ産業界も、ドイツ政府に対して批判的だ。BDI(ドイツ産業連合会)は、「国営銀行が安全保障の問題で私企業を買うのは問題」「このようなスタンドプレーは、外国投資の先行きに影響を与える可能性がある」と苦い顔。ドイツの産業界は中国市場への依存が極端に強いため、中国政府の仕返しをひどく恐れている。

なお、メディアも同じく、自由市場は守るべきという主張が優勢だ。フランクフルター・アルゲマイネ紙も、「中国の投資は違反でないのに、なぜこのような過激な方法をとったのかがわからない」とし、「安全保障を理由に市場に介入するのはトランプ大統領だけではなかった」と、暗にメルケル首相を批判した。

8月3日付の記事のタイトルは「ある酷い国策トリック」。