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株価最高を記録したマイクロソフトの驚くべき「未来戦略」

なぜこんなに好調なのか

創業40年目にして、史上最高の株価を記録したマイクロソフト社。一体、なにがそんなにすごいのか。『マイクロソフト 再始動する最強企業』の著者・上阪徹氏がその「秘密」を明かす。

スマホのない世界

まさかこんなものが10年後も世の中に当たり前に存在しているとは、私にはとても思えない。スマートフォンである。たしかに世の中を一変させ、デジタル環境を圧倒的に便利なものにしたのは間違いないが、あの小さな画面を覗き込んでいると、どうにも寂しい気分になる。肩も凝る。姿勢も悪くなる。この数年で私の老眼を悪化させたのは、これではないか、とも思っている。

少なくとも、もっと大きな画面が欲しい。しかし、重たくては困る。薄いほうがいい。理想は個人的には、やはり新聞だ。あの一覧性は、さすが100年以上の歴史に耐えてきた利便性がある。

新聞と同じサイズのモニターがあったら、いかに便利か。そこに、テキストや画像、映像が自在に出てくるのだ。もちろんタッチひとつで、画面は入れ替わる。そしてこのモニター、自由自在に折りたためる。別のデバイスから映像も取り込める……。

 

実はこれは夢物語ではない。こんなモニターを10年も前に構想していた会社がある。プロダクティビティフューチャービジョンと名付けられた2009年の映像に、それは残っている。作ったのは、マイクロソフトだ。

PC時代からスマートフォン時代への切り替わりに乗り遅れ、マイクロソフトの全盛期はとうに過ぎたと思っている人も少なくないかもしれない。実際、周囲の人たちにマイクロソフトの印象を訊ねてみると、一世代前のオールドカンパニーの印象が強い。

Windowsしかり、Wordしかり、Excelしかり、PowerPointしかり、もはやあって当たり前の存在で、そこに目新しさはない。ところが、ITの世界を知る人たちの間では、そうではない。マイクロソフトは今、大いなる注目企業なのだ。この事実が、日本では一般の人には驚くほど知られていない。

2015年秋、マイクロソフトは創業40年目にして、株価が最高値をつけた。以後、どんどん上昇している。2018年7月末時点の株価は106ドル。これは、最高値をつけた2015年秋の約2倍。この3年で、なんと2倍になったのだ。時代の変化に乗り遅れた会社が、こんな株価をつけるかどうか。昨年2017年には、世界の時価総額ベスト5にも入っていた。

実はGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)と堂々と伍しているのである。変化のきっかけは2014年、アメリカ本社のCEOが3代目のサティア・ナデラ氏に変わったことだった。

とんでもない宣言

就任時、ナデラCEOは47歳。インドに生まれ、21歳でアメリカにやってきた。マイクロソフト入社は1992年。20年以上、この会社にいた人物である。私はこの翌年、日本マイクロソフトの平野拓也社長にインタビューする機会を得ていたのだが、2時間のインタビューの終わり際、平野社長がこんなことを言ったのを聞き逃さなかった。

「これまでのマイクロソフトが見ていたのはITという世界でしたが、サティアはITを超えたまったく別の世界を思い描いています。人の生き方にまでさかのぼってマイクロソフトに期待されるサービスとは何かを考え、最適に作り替えようとしているんです」

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平たくいえば、新しいCEOはマイクロソフトをゼロから作り替えようとしている、というのだ。従業員12万人、売り上げ10兆円という世界最大のソフトウェア会社を、だ。だが、これが本当だった。この変革に強い関心を抱き、後に私はシアトル本社にも取材に行って日米の幹部に多数取材し、『マイクロソフト 再始動する世界最強企業』(ダイヤモンド社)を書き上げることになるのだが、アメリカ人幹部からも驚くべき話を聞くことになった。

語ってくれたのは、本社のウェブサイトに顔写真が出ている15人の経営執行チームの一人、全世界のセールスとマーケティングの責任者という最高幹部、エグゼクティブバイスプレジデントのジャン=フィリップ・クルトワ氏だ。

「今まで40年間、マイクロソフトはビジネスを展開してきましたが、環境の変化のスピードはますます速くなってきています。求められていたのは、どんな未来になっていくのかということを、勇気を持って定義していくことでした」

今、自分たちの足元にあるものから未来を視るのではなく、来るべき未来から変わるべき現実を直視していった。「自分たちは何のために存在しているのか」から、問うたのだ。

「私たちは何者なのか。どういう存在なのか。何のためにこの仕事をしているのか。そして、お客さまに対してどんな価値を提供することができるのか」

創業40年の世界最大のソフトウェア会社が、改めて自分たちの存在意義から見直していったというのである。ここに、この変革の凄みを感じた。そして生まれたのが、新しいマイクロソフトのミッションだった。

「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」

これだけではなかった。会社を変えるにはカルチャーを変えていく必要がある、と気づいていたナデラCEOは、就任の朝、本社の経営幹部約120人を前にひとつのキーワードを提示している。本社のコミュニケーションのトップ、コーポレートバイスプレジデントのフランク・ショー氏は、そのシーンをよく覚えていた。

「彼が言ったのが、『グロース(成長)マインドセット』という言葉でした。もっと会社としてリスクを取らないといけない。成長のためにマインドを変えないといけない」

後にこのキーワードを含めた5つが「Ourculture」としてステートメントシートに描かれることになるが、これを真っ先に実践したのが、実はナデラCEO自らだった。それが、ソフトウェアからクラウドへのビジネスの大転換であり、Windowsの無償化という驚くべき決断だった。事業の屋台骨をひっくり返すという、とんでもない宣言をしたのだ。