真実こそ疑え…18万部ベストセラー作家が「誤報」に挑むワケ

『歪んだ波紋』が投げかけるもの
石戸 諭 プロフィール

「記者は現場やで」

フェイクニュース、誤報と人間の弱さというテーマは最初から考えていたものなのか。

「いや、僕は最初から全部を決めて書くことはしないんです。フェイクニュースや誤報、情報の変化について書きたいというテーマは決めていました。それを書いているうちに、『人間の弱さ』という連作全体を貫くテーマがあると気づいたんです。これは良い作品になると思いました。書いているうちに気づきがありますからね」

最初に書きたいテーマがあり、相応しい設定を選び、登場人物が決まる。書きながら作者が気づく新しいテーマがでてくれば、物語は深みを増す。

作品の最後に印象深いセリフがある。塩田が尊敬してやまないというグリコ・森永事件を追いかけた全国紙記者がモデルになった人物のセリフだ。

新聞記者の良心を象徴するようなベテラン記者・相賀はファクト・ジャーナル編集長をこう一喝する。

「記者は現場やで」

現場に行き、人に会い、話を聞いて、資料を読み込み、思考を深めて、言葉を紡ぐ、あるいは映像化する――。新聞であろうが、テレビであろうが、ウェブであろうが関係なく存在する記者の仕事の本質とは何か。

これ以上なく、端的に表現された相賀の一言に背筋が伸びる思いがするのは私だけではないだろう。

偉そうなことを言ったり、未来を悲観したり、過去を懐かしんだりする前にやるべきことがある。

 

「これって塩田さんが込めた記者へのエールですよね」と聞くと、彼は恥ずかしそうに言うのだ。

「いや、僕は記者をやめてからジャーナリズムってなんだろうって考えたり、勉強した人間ですからねぇ。横山秀夫さんみたいな上毛新聞(群馬県の地元紙)の名物事件記者ならエールも許されますけど、僕は神戸の傍流にして、尼崎の訂正王ですから。でも……」と一拍おいて、続ける。

「一緒に考えよってくらいなら言えると思うんですよ。うん。考えようって気持ちを込めたセリフかもしれないですね。読んでくれるみんなで一緒に考えたい。本当にこのままの情報空間でいいの?って。考える仕掛けを作ることは小説家の役割ですよね」

物語を通して、社会に問いを投げかける。その役割は間違いなく、松本清張を筆頭にした社会派ミステリーの小説家たちが担ってきたものだ。塩田は彼らの歴史を引き継ぎ、現代を描く。

小説家の役割を語る顔は「尼崎の訂正王」ではなく、伝統に連なろうとする社会派ミステリー作家としてとしてのそれだった。