真実こそ疑え…18万部ベストセラー作家が「誤報」に挑むワケ

『歪んだ波紋』が投げかけるもの
石戸 諭 プロフィール

人間の弱さを描く

塩田の真骨頂は取材力というより、細やかな観察力と繊細な心理描写の描きわけにこそある。

本作にもそれは顕著にあらわれている。例えばある事件の取材現場の描写だ。妻の遺影を持って、泣き叫ぶ夫が報道陣に取材に来るな、撮影をするなと要求する。その様子を写真週刊誌のカメラマンだけが収めていた。

居た堪れなくなった記者は他社の記者にも「取材はやめよう」と呼びかけて、このカメラマンを軽蔑する。しかし、その数日後、夫が容疑者として浮上し逮捕されることになる。

「ある事件で僕が実際に経験したことを書きました。僕は夫を犯罪被害者だと思って気遣ったつもりで、社会に事実を伝える役割を果たしていなかった。ここで正しかったのは血も涙もないと思ったカメラマンの行動だったんです」

 

観察は自身にも向けられる。誤報を振り返り、理解したのは塩田自身にある心の弱さだ。

「誤報の事実を聞いたとき、まず指摘のほうが間違いだって思うんですよ。『お前、間違ってるやないか』と言われたら、最初は『そんなわけない』って否定する気持ちのほうが強い。でも、本当に誤報であることがわかると『事実のほうが違っていてほしい』『なるべく俺のミスにならへん言い訳かんがえよう』とかほんまに思う。これが弱さですよね」

間違いを指摘されれば、誰だって隠せるものなら隠したいと思う。隠し通せば「訂正」を出す必要がないからだ。作中の記者も同じように誤報をなんとか隠し通そうとする。

しかし、隠せば隠すほど問題は拡大する。会社の内部事情を絡めながら塩田は記者心理を抉り出す。

一人の記者が抱えている弱さを組織はより大きく抱えている。新聞社の威信をかけたスクープなら簡単に誤報を認めるわけにはいかない。そんな弱さに付け込む集団がでてきたら、果たして新聞社は過ちを認めることができるのか?

元新聞記者同士の対話

「今作のタイトル、書き出しを架空の新聞記事を引用する形にしたのも松本清張へのオマージュです。清張の影響は人間の弱さを描くところに強くでています」

「弱さ」を象徴しているのは、作中第1作「黒い依頼」で新聞社の報じたニュースをチェックする「ファクト・ジャーナル」の記者から電話を受ける場面だ。市長選をめぐるスクープを「完全な誤報」と言われても、新聞社はまず強気に反論し、訂正を認めないというやり方に出る。

それが間違いの元だった。このスクープを出した記者には隠された裏がある——。

「今まで新聞を含むメディアは第4の権力と言われていたから、そこまで強くでることはなかった。でも、いまはインターネットを使って市民もチェックしている。これまでのような対応ではいけないはずなんです」

塩田の観察眼はさらに深まる。表題作「歪んだ波紋」では、大手メディアの報道をチェックしているはずの「ファクト・ジャーナル」もまた大きなスクープに目が眩んでしまい、ある集団の罠にはまる。

「ファクト・ジャーナル」の編集長は元全国紙で「エリート意識に毒されていた」記者だ。彼はどう対応するのか。

ここに見えるのは、安易な「紙はダメで、ウェブメディアこそがジャーナリズムの救い」論には乗らないという作家の姿勢だ。

「だって、同じ人間がやることですよ。人間にはどうしても弱さがあるし、間違うことだってありますよ。ジャーナリズムやニュースって市民のためにあるものだけど、それでも自分たちのスクープが目の前にきたら飛びつきますよね。これも弱さですよ。自分たちは間違わないという姿勢ではなく、弱さを見つめることしかないと思っています」