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真実こそ疑え…18万部ベストセラー作家が「誤報」に挑むワケ

『歪んだ波紋』が投げかけるもの

神戸新聞の「傍流記者」・塩田武士は作家に転じ、8作目にして大ブレイクを果たす。あのグリコ森永事件をテーマに描いた『罪の声』である。

自身のキャリアを重ねたような新聞記者を主役に満を持して、デビュー以来の温めてきたテーマをぶつけ、ベストセラーに結びつけた。本屋大賞にもノミネートされ、筆力の評価も高い。

その塩田が『罪の声』から2年、書き下ろしを含む短編集『歪んだ波紋』を刊行した。テーマは「フェイクニュースと記者」だ。作家はこう問いかける。

「一体、何が報道の役割なのか。フェイクニュースとどう向き合ったらいいのか。一緒に考えようって声をかけたいんです」

読者だけではない。第一線に取材を続ける「記者」に、である。

記者は「誤報」にどう向き合うのか

歪んだ波紋』はオムニバス形式の連作集だ。収録された5編は全国紙記者、地元紙記者、ネットメディアの編集長といったように主人公こそ違うが、同じ設定、同じ物語空間で取材を続けている。

「誤報」に気づいたとき、フェイクニュースをつかまされたとき、記者はどう向き合うのか。前作のような派手な謎は登場しないが、メディアの「誤報」とそれを取り巻く人間模様を軸に、深みのある社会派ミステリーを完成させた。

ミステリーである以上、ここで細かなネタバレはしない。一つ言えるのは、繊細な心理描写を織り交ぜながら展開される記者の日常と隣り合わせの物語に、読者をどきっとさせる一級のサスペンスがあるということだ。

 

意識したのは塩田が最も尊敬する作家と語る松本清張と、同じ新聞記者出身のミステリー作家である横山秀夫だ。連作のタイトルはすべて松本清張の作品名に由来している。

横山作品や過去作のように新聞記者を主人公にした小説はこれまでもあったが、従来と一線を画しているのは正体不明のフェイクニュース指南サイト「メイク・ニュース」、新興で勢いの良い「ファクト・ジャーナル」といったウェブメディアの存在である。

「『事件の大日』こと大日新聞は全国紙の大阪本社をいろいろとミックスしたもの、近畿新報は神戸新聞、登場人物には実在の記者にモデルがある人もいます。登場するネットメディアは特にモデルはなく、メイク・ニュースは『こんなサイトがあったら新聞は大丈夫やろうか』と考えるために作った創作です」

「メイク・ニュース」はニュースの書き方や報じ方をもとにして、フェイクニュースの作り方を伝える。

象が空を飛んだと言っても誰も信じないが、4257頭の象が空を飛んだと言えば信じてもらえるかもしれないと語ったのは、ジャーナリズムの世界から作家に転じたガルシア・マルケスだった。

ディティールを丁寧に伝えれば、人は嘘でも本当にあったことだと信じる。ニュースの文法を悪用すれば、フェイクニュースはできてしまう。

これを指南する「メイク・ニュース」を運営しているのは誰か。彼らの狙いは何なのか。連作を貫く重要な謎である。

まぁでも、と塩田は自虐的に笑う。

「僕みたいな記者がフェイクニュース語るなんて、ええ加減にせいって思ってる神戸新聞の同僚は多いんじゃないかな。お前が語るなら世も末やって言われそうです」