Photo by GettyImages

日本代表新監督・森保一、地味だがアツい「昭和の男」の肖像

叩き上げならではの闘志が燃えている

サッカーファンを除けば、どれだけの人がこの新監督の名前を知っているだろうか。174cmの小柄な体躯に、穏やかな顔つき。決して目立ちはしないが、その胸には叩き上げならではの闘志が燃えている。

ポスト西野がついに決定

期待値が低かったぶん、喜びも大きかった。FIFAランキングはあてにならないとはいえ、61位の国が先のロシアW杯で決勝トーナメントにコマを進めたのだから、一定程度の評価は与えるべきだろう。

ベスト16の中で、日本より下位の国はホストカントリーのロシア(70位)だけだった。

わずか2ヵ月半の準備期間でチームをベスト16に導いた西野朗の手腕は称えられてしかるべきだ。

問題はポスト西野だ。外国人にすべきか、日本人にすべきか。私見を述べれば、その命題の立て方自体が間違っている。

有能な指導者であれば、日本人でも外国人でも構わない。問われるのは継続性である。

というのも、これまでの監督選びは〝ちゃぶ台返し〟の連続だったからだ。特に外国人監督に、その傾向は強かった。

たとえばジーコは'02年大会で、日本を初のベスト16に導いたフィリップ・トルシエの手法をなぞらなかった。そのジーコが「自由」をキーワードに推進したサッカーは、今度はイビチャ・オシムによって否定された。

6人目の外国人監督アルベルト・ザッケローニは「ポゼッション」に重きを置いていた。しかし、後にヴァイッド・ハリルホジッチによって覆され、リアクションを主体にした堅守速攻型のチームに改められた。

 

このように監督が代わるたびに、日本サッカーの方向性は、猫の目のようにクルクルと変わった。

ロシアでの戦いぶりを踏まえ、残すものは残す、改めるものは改める。その作業を遂行する上で適任者は誰か。浮上してきたのが代表コーチの森保一(五輪代表監督)だ。

指導者としての実績は、日本人の中では、頭ひとつ抜けている。出身母体であるサンフレッチェ広島を3度のリーグ優勝に導いた。

森保の前任のミハイロ・ペトロビッチ(北海道コンサドーレ札幌監督)率いる広島は超攻撃的なサッカーを展開していた。

「もし自分がこのチームを率いるようになった場合、どうすべきか……」

アルビレックス新潟でコーチをしていた森保は、常にそのことを頭の片隅に置いていたという。

「相手ボールホルダーに対するファースト・ディフェンダー。ここが大事。要は相手ボールに対して、誰が最初に仕掛けるか。11人のうちのひとり目がはっきりしてこないと、あとの10人のポジションが決まらない」

当時の森保の発言だ。

この狙いは的中した。ファースト・ディフェンダーの役割を明確にし、それを徹底させたことでチーム全体の守備に対する意識が高まった。失点の減少が'12年の優勝につながったのである。

「このチームの一番の良さは攻撃力。それをキープしつつ、自分が考えている守備のエッセンスを落とし込んでいかなければならない。

僕が目指しているサッカーはシンプルなんです。早い話が効率よく守るということ。

守備のアプローチがうまくいけば、ボールを奪ってからの守備から攻撃への移行がスムーズにいく。そうなれば無駄な体力ロスもなくなるから後半にスタミナが残るんです」

森保は3-4-3の陣形を採用した。ボールを奪ってからの攻めは速く、両ウィングバックはまるで鳥が翼を広げるように両サイドにせり出した。私たちが目にしたものは戦国時代から甦った「鶴翼の陣」だった。