日本で100年以上前から横行していた「入試不正」驚愕の実態

150名中100名が不正のケースも…
岡本 亮輔 プロフィール

美男美女だったお見合い相手が…

恋愛や結婚でも替え玉は頻繁に用いられていた。

会ったことのない男女間で恋文のやり取りをしていたが、男性の方は字が下手なので、美しい文字を書く者に代筆させており、女性はそれを直筆と思って大切に保管していた。

しかし、代筆者が病気になってしまい男性は返信できなくなり、恋が実らないようなこともあったのだ。

〔PHOTO〕iStock

お見合いでも替え玉はしばしばあった。

お見合いの時には20代色白の美男だったのに、婚礼時には30代後半の色黒男に変わっていて、花嫁が逃げ出すといった悲劇もある。もちろん、男女が逆のパターンもある。

花婿は浅草在住の銀太郎、27歳の男ざかりだ。老母が心配するので上野の料理屋・松源で見合いをすると、現れたのは色白のほっそりとした美人であった。

善は急げということでさっそく婚礼となるが、そこに来た花嫁はどんぐりまなこの太った女性であった。

 

銀太郎は、自分の見立て違いかもしれないが、それにしてもあまりに違いすぎると絶望する。

とりあえず、このまま婚礼を進めてはまずいと思い、お腹が痛いといって何度もトイレに駆け込む。

結局、臭いのを我慢して52回もトイレに駆け込み、それでも足りないと思ったのか、かかりつけの医師を麻布から呼んでほしいと言いだし、会場は騒然となる。

だが、お陰で、まずは花婿の体調回復を待とうということになり、花嫁一行は引き上げていったのだ。

替え玉がより深刻だったのは医師の試験である。内務省で行われる国家試験では、まず口頭試問が行われたが、ある受験生は友人を替え玉に送り込んだ。

しかし、翌日の筆頭試験の際、内務省職員が替え玉に名前と住所を尋ねると、思わず本名を答えてしまい、発覚してしまったのだ。こうした事件を受けて、次の医師試験からは願書に写真貼付が義務づけられるようになった。

そして写真貼付は、やはり替え玉が横行していた陸軍士官学校・海軍兵学校・文官試験、さらにはブームで志願者が激増した女学校でも取り入れられるようになったのである。

だが、敵もさるもので、写真貼付対策も編み出される。1905年9月28日の読売新聞には、明治大学・専修学校・東京薬学校などの学生募集広告が掲載されたページがあるが、その下部に、読者からのハガキ投稿が掲載されている。

それによれば、近頃替え玉受験に使うために「一度写してある写真の上へまた一人写して十日くらいすると漸次に消えるという便利なものを造る写真屋があってすこぶる繁盛してる」というのだ。

出願から10日以内に試験が完了しなければならないし、試験中や面接中に消えてしまう恐れもあり、なかなかリスクのある方法のような気がする。