大人の問題だけではない

別の例を挙げよう。

私は現在、不登校や中退を経験した子ども・若者向けの学習塾を全国で5校舎経営し、400名弱が通っている。不登校・中退を経験しながらも、「もう一度勉強をやり直したい」と思う方々が、私の塾の門を叩いてくれている。

私の塾を訪れる子ども・若者達を見ていても「組織が個に合わせる時代」の到来をひしひしと感じることができる。

例えば、不登校の小学生・中学生・高校生が全体に占める割合は、90年代の半ばから2000年にかけて一気に上昇し2016年に再び最高値を更新している(1.35%)。1991年と比較すると全体に占める割合は、なんと3倍近くにまで伸びているのだ。

つまり、「組織」と「個人」の問題は、大人の問題だけではないのだ。

「学校の評判を上げるために、生徒に国立大学を受けさせる」進学校や「学校の評判を下げないために、校則を厳しくする」学校など、多くの学校は自校を守ろうとするあまり、個を抑圧しがちである。中心が「学校や教師」にあり、子ども自身の存在を中心において物事を見ていないことがある。

もちろん全ての学校が、そのような状況ではない。私の周りにも、お勧めしたい学校、尊敬する教員はたくさんいる。

一方で私が経営する塾に相談にくる子ども達を見ていると、旧来型の教育、つまり「個を組織に合わせる」形式が当たり前に行われているし、一方で今の子ども達はそれに合わせられなくなっているのを感じる。

今の10代・20代は子どもの頃から「個性を大事に」と言われ育ってきた。そしてインターネットを通じ、たくさんの活躍する同世代を見てきた。現在34歳の私が子どもの頃に見ていた「活躍する同世代」はタレントかスポーツ選手ぐらいだったが、今の10代は起業する子もいればYouTubeで人気になるものもいる。

そして何より、バブル崩壊後の時代が停滞する中でさらにリーマンショックを見てきた世代でもある。組織に合わせて生きていっても、そこにバラ色の人生が待っているとは限らないと、肌感覚で理解している。つまり、「組織」に合わせる合理性が薄れてきたのだ。

つまり働き方改革は、日本全体が「組織が個に合わせる」時代に移りゆく中で必然的に起こっている事象なのだ。

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前述したように、私は発達障害の当事者であり、人に合わせるのがとても苦手だ。だからこそ、私が経営する会社では、シフト勤務以外の部署はフレックスタイム制を取り、服装も自由。転勤も強制することは絶対にしない。副業も自由だ。

もちろん、完璧な会社ではない。給与水準も高くはないし、安定した成長を達成し続けられているわけでもない。それでも「組織が個に合わせる」ことをここ数年は特に意識してきた。

そしてもちろん、全ての「個」に合わせられる組織など存在しない。だからこそ、自社に何が許容できて、何を許容できないのか、「行動規範」などを通じて、明文化しておく必要があるだろう。どのような「個」は許容できて、どのような「個」が許容できないのか、全社的に、またはポジション別に、明確にしておく必要がある。そしてその「行動規範」を採用や評価制度まで落とし込む必要がある。