「カツ丼発祥の店」早稲田の最古のそば屋が、突如閉店した真相

学生街から次々と名店が消えてゆく
橋本 歩

5代目店主が語る「閉店の理由」

かつて早稲田はほとんどが農村地帯であった。後の早稲田大学となる東京専門学校を大隈が開学したことにより、学生街へと発展していったのだ。往時の賑わいは相当なものであったといい、早稲田大学周辺には、今では都内にも少なくなってしまった大規模な学生街が残っている。

ただ近年は、やはり昔に比べると店の数も少なくなり、活気が失われたと言われている。大隈通り商店街で50年続いた洋食店「ランチハウストキワ」を、2007年にたたんだ浜岡治彦さんはこう語る。

 

「昔の学生は、お金も娯楽もないから、とりあえず近くの飲食店で時間を潰していたんです。おかげで今より店の数も多くて、街も賑わっていました。でも、最近の学生は娯楽や情報の選択肢が増えた分、心変わりが本当に早い。特にラーメン屋なんて、開店当初は行列ができていたのに、いつの間にか閉店しているなんてことがしょっちゅうあります」

さらに、早稲田で飲食店を経営する店主たちに話を聞くと、口々に言っていたのは「大学の昼休みが短くなった」ということ。かつて大学の昼休みは90分だったというが、現在は50分に短縮されている。学生にも大学の周りをブラブラする時間的な余裕がなくなってしまったため、客足が減少しているのだ。

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追い打ちをかけたのが、2009年に早稲田キャンパス内に新たにオープンしたコンビニの存在だ。ただでさえ短い昼休みを有効活用するために、コンビニで昼食を済ませる学生が増えたのである。

現在では、大学内にコンビニがある光景は珍しくはないが、学生街に店を構える飲食店には大打撃となった。大隈通りにあった店の数は、40年前に比べると約4分の1にまで減少してしまったという。

三朝庵も、学生街を襲う時代の変化に耐えきれずに閉店へと追い込まれてしまったのだろうか。閉店の直前に、5代目店主の加藤浩志さんに話を聞いた。

「おかげさまで、今でも多くのお客様に来店いただいているので、本当は続けたいというのが本音です。ただ、長く店を切り盛りしてきた4代目の母も体調を崩し、なにより人手不足で店が回らなくなってきた。そこで一旦閉めることに決めたんです」