政府転覆の可能性もあった「第4回甲子園」が中止に追い込まれたワケ

大会は暴動の真っ只中に予定されていた

開始は1915年、なのに今年が第100回なのはなぜ?

夏の甲子園大会が開かれる。第100回の記念大会だ。

いまから百年前の1918年、「全国野球大会」は8月14日から阪神の鳴尾にて5日間の予定で開かれることになっていた。

当時は中等学校野球大会だ。ただ百年前の朝日新聞を見ると、「全国野球大会」とのみ記されていて、「中等野球大会」とは書かれていない。紙面から想像するに、野球の全国の大会はほかに存在しなかったから「全国野球大会」を名乗っていたのだろう。その略称から人気のほどがわかる。

 

出場校は以下の14校である。大阪朝日新聞の8月11日の紙面に載っているとおりに転載する。

関東大会 龍ケ崎
東北大会 一ノ関
京浜大会 慶応普通部
北陸大会 長岡
兵庫大会 関西学院
甲信大会 長野師範
東海大会 愛知一
京津大会 京都二
大阪大会 市岡
山陽大会 広島商業
山陰大会 鳥取
四国大会 今治
九州大会 中学明善校
紀和大会 和歌山

ここにも「中学」と書かれていない。載せられている順番もよくわからない。

とりあえず8月14日から5日間の予定である。

ところがこの「第4回大会」は開かれなかった。

関西エリアの世情がとても危険になったからだ。

第1回大会が開かれたのが、いまから103年前の1915年、100回記念大会がそれから100年のあとに行われないのは、第二次世界大戦の影響による。1941年の27回大会は地方予選が始まっていたので、大会数に数えられているが、1942年から1945年の4年間は大会そのものが開かれず、1941年27回大会の次は、1946年に開かれた28回大会になる。その4年の空白が、103年後の100回大会になっている。

そして4回大会と27回大会は、地方の大会は開かれたが全国大会が開かれず、優勝校が決まっていない。つまり、過去99大会あるが、優勝校は97校しかないのだ。今年の100回大会の優勝校が98校目である。優勝校が100校になるのは、2020年となる。
 
1918年、いまから百年前の第4回大会が中止になったのは「米騒動」によるものだ。