Photo by iStock

定年後の再就職で「やってはいけない」たった1つのこと

上手くいく、いかないはココで変わる

知り合いの社長に居留守を使われ

1935年生まれの郡山史郎氏は、一橋大学経済学部を卒業後、伊藤忠商事、ソニーなどに勤めた後、現在は自分で立ち上げた人材紹介会社CEAFOMの代表取締役社長をつとめる。『定年前後の「やってはいけない」』を読むと、サラリーパーソンの定年後の生活が極めて厳しいことがわかる。

まず、郡山氏自身の体験についてこう記されている。

〈私は50歳でソニーの取締役に就任し、60歳で子会社の社長となった。その後に同社の会長、ソニーの顧問を経て、退職したのは役員定年の70歳。しかしソニーの常務取締役でなくなった60歳のときに、自分は再就職市場に売り出されたつもりでいた。実際は、65歳を過ぎた頃から就職活動をスタートした。

私は海外営業やマーケティングの畑を歩んできたから、商品の売り込みは得意にしている。就職活動は自分という商品を売り込むのだから、セールスやマーケティングに近い。50代の頃にはヘッドハンティングの誘いをたくさん受けたこともある。元ソニー取締役であり、子会社では社長、会長の経験もある。相当にバリューは高いと思っていた。

しかし以前から知っている人材紹介会社の社長に頼んでみると、60代半ばを過ぎたビジネスマンの求人はゼロ。しつこく足を運んだら、そのうち社長が居留守を使うようになった。このときはじめて自分の市場価値を思い知らされた〉

客観的に見て、郡山氏は超エリートビジネスマンで、会社人生での勝ち組だ。それであっても、人材紹介会社の社長から居留守を使われるような状況になる。それだけ高齢者の再就職は難しいのだ。

結局、郡山氏は人脈を駆使して再就職先を見つける。

〈2002年にようやく見つけた再就職先が、のちに一部上場企業となったクリーク・アンド・リバー社だった。当時はテレビ局などの映像産業に専門職を派遣する会社で、創業者の井川幸広氏とは以前からの知り合いだった。

私はこのとき「給与も仕事内容も大学新卒と同じ扱いにしてもらいたい」と自分から申し出て、67歳で4月の入社式(厳密にいうと入社式はおこなわれず、新入社員が全社員を前に決意表明をする集会だったが)にも参加した。

私が望んだ「定年後の再就職では新卒と同じ扱いになる」仕組みのことを、自分では「定年退職者新卒制度」と称していた。しかし結局は、新入社員のように働くことが難しく、子会社の経営や本社の監査役を任されるようになった。

そのように70歳近くになって再就職で苦労した経験が、自分で人材紹介会社を立ち上げる大きなきっかけになった〉

幻想は持つな

一般論として、定年後の人材にどの程度の市場価値があるのだろうか。郡山氏は厳しい現実を提示する。

〈試しに、ハローワークに集まっている求人から、高齢者も応募可能な「年齢不問」の求人をいくつかピックアップしてみよう。企業から示される月給を見れば、自分が望んでいる金額との差がわかるはずだ。

・調理業務 22万~32万円
・清掃員 18万4450~32万5500円
・保守点検補助 18万~30万円
・介護スタッフ 18万5000~20万5000円
・一般事務 18万7000~23万4000円

どの仕事も月給はほぼ20万~30万円である。これらの求人はフルタイムの仕事だ。パートタイムだと勤務日数や時間により月収はもっと少なくなる〉