司法取引導入で、サラリーマンが会社に「売られてしまう」時代が来た

ドキュメント・司法取引【後編】
北島 純 プロフィール

被害者意識は危険

第三に、「被害者意識」を持たずに、自らの論理的な選択を重視するということが大切だ。抽象的な物言いで恐縮だが、組織的な不正に関与する場合、確信犯的に(正確には、悪いと分かっていて)やる場合よりも、「本来は自分の仕事ではないが、仕方なくやっている、やってあげている」というコラテラル・ダメージの意識があることが多いと言われている。特に、アジア・アフリカ等の新興国でのビジネスでは、この「被害者感」が命取りになることがある。

今回のMHPSタイ事件でも、社員自らが積極的に外国公務員に贈賄しようとした訳ではない。MHPSが使っていた物流会社が、本来取得してしかるべきだった荷揚げ用仮桟橋の設置使用許可要件を満たしていなかっただけだ。現地の港湾支局長が陸揚げを拒否し、賄賂を要求されたという報告を受けたMHPS担当者は「この業者は、何をやってるんだか!」と呆れ返り、頭を抱えたに違いない。

 

この「巻き添え」感が実は危険だ。もし自らの失態として把握していたならば、なんとか仮桟橋の使用条件を追完しつつ、納期に間に合わせる方策を考え抜くことが出来たかも知れない。例えば、地元の有力者あるいは国家汚職防止委員会(NACC)や軍に相談を持ちかけて、合法的な事案処理を行うといった方策だ。

しかし、実際には、物流会社に「賄賂」となる資金を渡して、後はどうなろうと関知しないという、極めて無責任な対処策が取られた。これで乗り切れると思ったとしたら、少なくとも事態を「会社としての危機管理」だと認識していなかったということだ。

「巻き添え」感は、本来論理的に考え抜かなければならない危機管理の対処を、一段下のレベルに下げてしまう危険性がある。特に新興国において外国公務員からの賄賂要求があるケースで言うと、危機管理の対処法としては、誠実な高位公務員との人的関係を保ったり、司法機関や専門家の助言を仰ぐパイプを構築したりするといった、中長期に渡る戦略的なアプローチが必要不可欠だと言っても過言ではない。

こうした戦略的な対処法の観点からは、当事者意識の欠如である「巻き添え」感は、一番の障害となるのだ。

いずれにせよ、これからは企業犯罪が発覚した場合、会社が社員を守ってくれるどころか、社員に対する捜査に会社がすすんで協力する時代になるであろう。

会社の業務命令だからという言い訳が通用しないどころか、社員一人一人が自分で身を守らなければならないシビアな時代の幕開けだが、同時に、違法行為には関与しないことを客観的に担保する制度が出来たということでもある。

その両面で、ビジネスパーソンにとって新しい心構えが必要になるのだ。