司法取引導入で、サラリーマンが会社に「売られてしまう」時代が来た

ドキュメント・司法取引【後編】
北島 純 プロフィール

イェーツ・メモ

この司法取引、実はグローバルでは当たり前のもので、組織犯罪の追及はさらに一歩先の領域に入りつつある。それが、法人を免責し個人責任追及に焦点をあてる捜査手法だ。

2015年9月、米国司法省(DOJ)が新しい捜査指針を公表した。司法長官補だったサリー・イェーツ氏の名前を関した「イェーツ・メモ」(Individual Accountability for Corporate Wrongdoing)がそれだ。

これは、企業犯罪の捜査に対して企業が全面的に協力し、犯罪を犯した社員個人に関する事実を全て開示して、刑事責任追求に貢献するとともに、適切な再発防止策を講ずれば、量刑を減免したり、訴追を免除したりするという捜査方針だ。

2016年4月からは、外国公務員への贈賄を禁ずるFCPA(海外腐敗行為防止法)の分野で「パイロット・プログラム」が始動している。例えば、インターネットサービスの世界的企業である「アカマイ」の子会社が、中国での贈賄に関して、捜査に全面協力した見返りに訴追免除という恩恵を受けている。

 

2010年代になり、米国ではFCPA違反の企業に巨額の罰金を科す事例が相次いでおり、司法省が2012年にFCPAのガイドラインを公表したことともあいまって、企業側による防衛ラインが向上、法人摘発の件数は減少傾向にある。法人を免責し、個人に狙いを定める新捜査体制は、そのような事態に対処するという側面も有している。

パイロット・プログラムのポイントは4つある。

① 内部調査の初期段階で当局に自主報告すること
② 詳細な調査結果を当局と共有し、情報を適宜提供すること(関係者の供述や書類の翻訳等)
③ 不正行為に関与した社員等を処罰(解雇等)すること
④ 内部監査手続を強化する腐敗防止策を改訂し、全世界で社員研修を実施すること

米国では司法取引は当たり前だから、このイェーツ・メモとパイロット・プログラムは、企業犯罪に特化した、「司法取引プラスα」という捜査の最前線を物語るものと言って良い。これらの先駆的な動きは、これから司法取引が当たり前になるであろう、日本の社会でも参考になると思われる。そのポイントをいくつか指摘してみたい。

司法取引時代の心構え

まず、司法取引を決意した会社は、疑いのある社員の「すべて」の個人情報を捜査当局に提供するということだ。会社ドメインで付与され業務で使っている電子メールのやりとりは、入社以来の「全て」の記録が提供されると思った方がいい。

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Exchangeサーバ等を使ったスケジュール、グループウェア等でのチャット履歴、会社パソコンからアクセスしたSNSのメッセージ交換や、閲覧したサイトのURL履歴も同様だ。個人情報の扱いについては各自の就業規則を確認する必要があるが、犯罪捜査に関する司法当局への協力が優先される可能性の方が高いだろう。

また、夏休み等の長期休暇や出張中に、デスクトップのパソコンを精査されている可能性も考慮しなければならない。アクセスログ等、遠隔操作によって情報を収集できる範囲には限界があり、根本的なフォレンジック調査は記録媒体(SSDやHDD等)などの現物を対象とする必要があるからだ。

ここまで想定するのかと思われるかも知れないが、これらは実は驚くには値しない。特に知的財産保護の観点から、しかるべきポジションにいた役職者が退職した後、どのようなメールを送り、どのようなファイルを作成し、何を削除したか、その人物が使っていたパソコンを「洗う」のは、現代の大企業ではもはや常識だからだ。

これからの時代は、こうした事態が降りかかることを、普通の社員でも想定していかなければならない。公私の峻別を前提として、業務にかかわる記録はすべて司法取引における材料になる想定でビジネスを行うこと。これが、会社が社員を「他人」として扱う司法取引時代の、会社員にとっての基本的な心構えになるだろう。

次に、社内で不正調査が始まったら、決して軽く見ないことだ。そうした調査の結果はすべて、司法当局に提供されることを前提に考えなければならない。

特に役職が高い者は、内部監査やコンプライアンス部門の照会、外部専門家による調査に対して、高圧的に対処したり、木で鼻をくくったような対応をしたりすることがある。しかし、今後はそうした社内調査は、司法当局の強制捜査に「直結」する可能性があると考えなければならない。